第4話 ストレス頭痛は風の仕業?(頭痛編)

柚葉は自分の机に突っ伏し、こめかみを両手で押さえていた。


夕方から続く頭痛は、授業を聞くどころじゃないほどにガンガン響いている。

ノートの文字は二重ににじみ、友達に「大丈夫?」と心配されても「いやマジで脳内ドラムソロ開催中」なんて返すのが精一杯だった。


「やば……これ、偏頭痛? それともストレス? ……いや、もしかして私の脳内にブラック企業の残業課が新設された?」


ひとりツッコミを入れつつ、机の下でぐったりする。

バイトに課題に発表準備、そしてテスト。どれも期限が重なり、頭の中は常にカオス状態だった。


「……ガンガン……ズキズキ……。脳内の交通整理員どこ行った……」


こめかみを押さえたまま目を閉じた瞬間、視界がふっとぐにゃりと揺れた。


気づけば柚葉は、強風が吹き荒れる暗い空間に立っていた。

頭上には黒い雲が渦を巻き、雷鳴のような音が響いている。


「……ここは……また体内世界……?」


その中央で、剣を振り回す青年がいた。眉間に深い皺を刻み、怒りに燃える瞳。

「俺は“肝”。気を巡らせるのが役目だ! だが通路が詰まって巡らない! 頭に熱が昇って抜けないんだ!」


剣はビュンビュンと風を切り、空気がビリビリ震える。

柚葉は思わず叫んだ。

「ちょ、やめて! こめかみがガンガンしてんの、それ絶対アンタのせいでしょ!」


肝は歯を食いしばる。

「巡らせたいんだ! でも渋滞して動けない。だから苛立ちが剣になってしまう!」


そのときだった。


「ぷぅ〜〜っ!!!」


変な間の抜けた音とともに、緑色のボサボサ髪をした小柄な怪物が風に乗って現れた。

体は紙のようにひらひらしていて、口だけはやたら大きい。


「わはは! もっとイライラしろ〜! 俺様は“風邪(ふうじゃ)”だぷぅ〜! 肝クンの頭に熱をどんどん昇らせてやるぜぇ!」


柚葉は目を丸くした。

「え……誰? てか、ぷぅ〜って語尾なに!? 音痴なトランペット?」


風邪モンスターは両手をぶんぶん振りながら叫ぶ。

「俺様は外から来た侵入者! お前のストレス頭痛を倍増させるクレーマー様だぷぅ〜!」


肝が剣を振り回しながら吠える。

「黙れ! だが……確かに、苛立ちが止まらん!」


剣がさらに乱れ、黒雲が渦を巻き、頭痛が倍増する。

柚葉は両耳を押さえながら悲鳴をあげた。

「やばいって! ノイズキャンセリング機能ないの!? 私の頭、今フルバースト爆音フェス状態なんだけど!」


氷のように青ざめた脾が現れた。

「ごめんなさい……気が滞ってるせいで、私も動けないの……食べ物を力に変える余裕がなくて……」


柚葉は目を丸くした。

「え、胃腸班までストライキ? これブラック企業どころか倒産寸前じゃん!」


そこへ白衣をまとった肺が現れ、静かに言う。

「外邪が入り込んでいる。風が肝を煽り、熱を上へ押し上げている。追い払わなければ収まらない」


柚葉は震えながら頷いた。

「つまり……ストレスに外部クレーマー乱入で、私の頭がパンク寸前ってことね……」


その時、空から柔らかな香りが降り注いだ。

黄色い花びらのような光が、ひらひらと舞い落ちる。


「……これ、菊の花?」


柚葉は驚きの声を上げる。

肺が淡々と説明した。

「そうだ。菊花。頭に昇った熱を冷まし、目やこめかみの痛みを和らげる」


すると風がスッと鎮まり、肝の剣の勢いも少し緩んだ。

「……不思議だ。頭にこもった熱が和らいでいく……」


続いて、スーッと清涼感のある風が流れた。

透明な葉が舞い降り、風邪モンスターの周りをぐるぐる回る。


「これ……ハッカ?」


「そう。薄荷は涼しく爽やかな香りで、風を追い払い、熱を散らす。外邪を吹き飛ばす力がある」肺が言う。


風邪モンスターが巻き上げられ、バタバタともがく。

「ぎゃああ! 逆風だぷぅ〜〜! 俺様の嵐が……逆流してるぅぅ! ちょ、待て、俺様ガラスメンタルなんだぷぅ〜!」


肝は剣を収め、苛立ちが鎮まっていく。

「……落ち着いた。苛立ちが頭に昇っていたのは、あいつに煽られていたからか……」


脾も息を整え、顔色を少し戻した。

「気が巡れば、食べ物を力に変えられる……渋滞が解けたわ」


風邪モンスターが吹き飛ばされ、黒雲は晴れ、空に光が差し込んだ。

柚葉は膝から崩れ落ちるように座り込み、ため息をついた。


「なるほど……頭痛って、体内ブラック会議に外部クレーマーが乱入したせいだったんだ」


肺が静かに頷いた。

「そうだ。君のストレスと外からの邪気が合わさり、肝が暴走していた。だが、菊花と薄荷がその熱と風を散らした」


柚葉は苦笑しながら頭をかいた。

「要するに……薬膳アロマの即席バリアでクレーマー撃退したってことね」


肝は渋い顔をしつつも、少しだけ口元をゆるめた。

「苛立ちたいわけじゃない。ただ、滞ると抑えきれなくなるんだ」


「わかってるよ。こっちの生活のせいで残業させちゃってごめん」

柚葉は素直に謝った。


肺が静かに付け加える。

「頭痛といっても原因は様々だ。今は肝の気が逆上して熱が頭にこもっている。だが血が足りなければふわふわする痛みになるし、湿がこもれば頭が重くなる」


柚葉は目を白黒させた。

「……頭痛ってぜんぶ一緒じゃないの? え、もしかして“頭痛ガチャ”存在する?」


肝が剣を収めながら、少しだけ口元をゆるめた。

「お前の生活次第で、引くガチャの種類も変わる」


柚葉は思わずため息をついた。

「……いやその仕様、ユーザーに厳しすぎん?」


ふっと景色が揺れ、柚葉は自分の部屋の机に戻っていた。

こめかみを押さえていた手を離すと、頭の痛みは少し和らいでいる。


机の上には、さっきコンビニで買った麦茶のペットボトル。

その隣に、友達からもらった小袋入りのハーブティーが置かれていた。


柚葉はふと気になり、それをカップに入れてお湯を注ぐ。

湯気とともに立ち上る清涼な香りに、こめかみの重さが少し和らいだ気がした。


「……スッとした。てか、ただのハーブティーと思ってたけど、これも薬膳のひとつってこと?」


軽く笑って、柚葉は机に突っ伏す。

外の風はまだ冷たかったが、胸の奥は少しだけ軽くなっていた。

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