第1話 衝撃の出会い


「はーい、では、先週行ったおこな中間試験を返却する。名前を呼ばれたら随時取りに来るように。」


 授業終わりの教室。


 午後の日差しが窓から斜めに差し込み、木製の机や床をオレンジ色に染めていた。生徒たちの笑い声やペンのカチカチいう音が響き、気が抜けた空間になっていたが、担任教師の声が突然響くと、その空気は一瞬で張り詰めた。


「はい、上島うえじま。」


 自分の名字が呼ばれた私は、教師から解答用紙を受け取る。裏返すと、化学98点という数字を目にした。



 口角が微かに上がる。



 もしかして、学年最高点かも。頑張った甲斐があったな。


「うーわ。上島98だって。高過ぎだろ。きっしょ。」


 背後からの低い声に、私はビクッとする。番号後ろの男子生徒が、勝手に覗き見をしていたのである。


 男子生徒の声に、周りの生徒も、一気に私に視線を向ける。彼らは私に向かって、尊敬の眼差しを向けていた。




 私は、物心ついたときから、容姿端麗、スポーツ万能、賢女。才色兼備と言われる自分を演じてきた。周りの尊敬の視線は心地良いが、常に完璧でいなければならないことが、時折、胸をぎゅっと締めつける。





「おい。女に向かって『きっしょ』はないだろ。」





 背後から声が聞こえる。





 先ほどの男子生徒は、『別にそんなつもりじゃないし。』と口をもごもごさせながら、自分の席へと戻っていった。





 後ろを振り返ると、幼なじみの泉谷大和いずみややまとが立っていた。家が隣同士で、親同士も仲が良い。昔は、私のほうが身長が高かったはずなのに、気がつけば、彼は、私の頭一個分大きくなっていた。




 窓からの風が、さらさらな彼の髪の毛をなびかせる。




 彼は、顔をムッとしながら、私を見つめていた。


「はあ。なんだよ、あいつ。考え方が幼稚だな。とにかく、これからは答案用紙隠しとけ。いいな?」


「う、うん。分かった。ありがとね!」


 柔らかな光に照らされ、彼の瞳が少し潤んで見えた。いつもは優しいのに、私を守ろうとする瞬間の真剣さに、胸がじんとする。 



 でも、そんな彼も知らない秘密を、私は隠し持っているのだ。






 放課後。私は終礼を知らせるチャイムがなった途端、下駄箱に向かって、誰よりも早く廊下を走る。


 外の空気はまだ暖かく、木々の緑が夕陽に反射して輝き、風が髪をさらさらとなびかせる。




「上島ーー!!!  帰るぞ!!」




 教室を出るときに、泉谷が私を呼ぶ声が聞こえた。家が隣同士なので、毎日一緒に帰っているのだ。


 だが、今日はどうしてもはずせない用事がある。


「ごめん! 泉谷! 一緒に帰れない!」


 泉谷は『?』の顔をしていた。ごめんね、泉谷。今日だけはどうしてもダメなの。


 携帯で時間を確認する。あと5分。間に合う。


 中学の頃、陸上部だった私は、本気をだし、全速力で走った。


 緑で生い茂った木々は、見ていて気持ちが良い。走りながら、流れていく景色が、まるで青春ドラマのようだった。


 家につき、自分の部屋へと急ぐ。テレビをつけると、時間ぴったりだった。


「間に合ったぁぁ!!! バラエティー番組!!」


 もちろんバラエティー番組が好きなわけではない。私の目当てそれは...


「あああ!!! 推し!!!!!」


 そう、私の大好きな推し、LAIGAがゲストとして出ていた。


 LAIGAはアイドルであり、国民的スーパースター。


 最近、若者に人気が出ている。まぁ、私はデビュー時からずっと推している古参だけど。


 スクールバックから携帯を取り出し、急いでSNSで魅力をポストする。


 バラエティー番組は、初めてらしく、少しだけ手が震えている。そこも尊い。


 そう。私、上島姫乃の誰にも言えない秘密、それは…。





 大人気アイドルLAIGA様の限界ヲタクであった。





 彼の言動、1つ1つに愛くるしさがある。何から何までものすごくかっこよく輝いてみえる。



 私の部屋は彼のグッズでいっぱいだ。アクリルスタンド、タペストリー、人形、CD…。


 なので、私は推しのグッズに囲まれてすごく幸せだ。



「かっこいいー!!! きゃー!! 」



 私は彼が微笑む姿を見ると、いつも発狂する。その声は、多分外から丸聞こえだと思う。なにせ、自分でもうるさいと思うのだから。



 私は、推しを眺めることが何よりも大好きだ。



 いつもは、完璧な自分を演じすぎて、家に帰った途端、ばたりとたおれてしまう。しかし、推しが今日も輝いてる姿を見ると、元気満タンになるのである。推しは本当に素晴らしい存在だ。



 タレントの話を一生懸命聞いて、頷いているところも魅力的だし、なにより、今日の黒色のブラウスを始めとしたコーデも、色気ムンムンで、私を魅了させる。






『続いてのコーナーです! 今、大ブレイク中のLAIGAさんですが、ここでぶっちゃけちゃおう、のお時間になりました! LAIGAさんが惹かれる女性のタイプを言っちゃってください!』




 おおおおおお!!! きたきたこれこれ! めちゃくちゃ気になる! LAIGA様のタイプに合わせて、私、長い髪も切れるんだから!




 しかし、丁度いいところなのに、ノックもしないで、母が自分の部屋に入ってきた。




 私は、先ほどの笑顔が嘘かのように、スンッと我に返り、振り向いた。





「もう、ノックくらいしてよ。お母さん。今いいところなのに。」





 テレビの音量を下げて母に話す。私の言葉を母は無視をし、部屋にある時計を指さす。







「姫乃。今何時だとおもう?」






 私は、恐る恐る、自分の部屋にある時計を見つめる。




 秒針は、私の焦る気持ちに構わず、規則的に動いていく。






 視界に映ったのは、17時30分。






 今日は塾がある日だった。いつもは、授業が始まる1時間前に来て、自習室で勉強するのが日課である。しかし、今日は、推しがテレビに出演することで頭がいっぱいだったので、塾の存在を忘れていた。






 私は、母にお礼を言い、全速力で家から飛び出した。






 走りながらバックを開け、忘れ物がないか確認する。


 外は夕焼け空だ。燃えるような赤色。そして烏の大群が飛んでいる。すごく綺麗だ。






 バス停につき、時刻表を指でたどりながら確認する。よし、あと3分で来る。隙間時間に英語の単語帳を開き、今日の塾の小テストの勉強をする。


 時計を見ると、少し早くつきそうなので、塾で勉強できそうだ。




 自分の降りる所が呼ばれると、素早く停車ボタンをおし、塾へと向かった。






 予備校に着いた。先ほどの興奮が嘘かのように、私は心を落ち着かせた。




 周りを見ると、忙しそうな塾講師、切羽詰まっている生徒たちで空気が重かった。




 私は、生唾をゴクリと飲み込み、いつもの教室へと向かった。






 教室には、既に何人かの生徒がいた。私が所属しているクラスは、『難関国公立クラス』なため、必然的に意識の高い生徒が集まるのだろう。




 私も負けじと、数学Bの教科書を開き、勉強を始める。しかし、いきなりわからない問題だった。シャーペンの動きが止まる。


 考えようとしても、やり方が思い付かないので、数学の先生に聞くことにした。




 周りをみると、私よりも顔が大人びいてる高校三年生が多い。先生も大忙しだ。



 手があいてそうな数学の先生を探す。教科書とシャーペンをもって、辺りをキョロキョロを見渡す。







 その時、1人の男子高校生とすれ違った。







 ふわりと柔軟剤のいい香りがする。







 なんだか懐かしい匂い。





 金色の天然パーマ。






 制服を着ていたが、私の高校とは違うみたいだ。学ランを着ている。








 私は、彼に話しかけていた。









「あ、あの!」 








 どうして話しかけているんだろう。気がついたら、身体が先に動いていたのである。








 目が合って、時が止まる。一瞬だけ。








 見覚えのある目をしていた。






 推しだ。







 私の推しの、LAIGA様の目とそっくり。


 夜空のように、キラキラしていて美しい青色。LAIGA様は赤色の髪だけど、どうやら仕事のために、髪を染めたらしい。あと、ラジオでLAIGA様、自慢の弟がいるって確か...。


 彼は、私をみてキョトンとしている。






「も、もしかしてLAIGA様の弟ですか??」 






 初対面でなにを言い出すの私。でも、今はそんなの正直どうでもいい。


 推しと近づけるチャンスかもしれない。私は真剣だった。


 彼は、瞬きの回数を早め、ゆっくり頷いた後、歩いてどこかへいってしまった。







 嘘。








 私は、その場で口をぽかんと開ける。右手に持っていたテキストも、気がつけば、地面に落ちていた。








 なにもかも、忘れるくらいに。








 こんな身近にいるものなの。後悔したくないから、一応聞いただけなのに、まさか本当だったなんて。 





 開いた口が塞がらないのは、まさにこの事だな、とこの時そう思った。推しの.弟か..。




 数学の先生に問題を聞きに行く予定だったのに、あまりに衝撃的過ぎて、私はそのまま自教室へと戻った。






 教科書をめくる音や、シャーペンで文字を書く音だけが、教室中に響き渡っている中、先生と生徒が教室へ入ってくる。








「じゃあ今日は授業体験ってことで。君は上島の隣でいいか。」








 体験生か。こんな時期に珍しい。



 私の隣に生徒が座ってくる。顔を見ると、さっきの推しの弟だった。






「!」






 言いたいことがたくさんありすぎて、思わず言葉がつまる。



 また、目が合う。その度に、心臓がどくんと跳ねた。恥ずかそらしたいの逸らしたいのに、このままでいたい。そんな不思議な気持ち。





 彼は私の顔をのぞきこんで、首をかしげる。




 そして、何かを察したのか、軽く会釈した。






「あの! 私、上島姫乃うえじまひめのっていいます。」


「……村瀬涼太むらせりょうたです。」






 彼は微かに微笑む。まるで白馬に乗った王子様のよう。夜空のように光り輝く瞳に、私は胸が高鳴った。






 そう考えているうちに、授業の始まりのチャイムがなり、いつもの英語の先生が来る。


 授業のはじめは、小テストからだ。前回やった内容が理解できているかどうか、確かめるためだ。終了の合図がなり、隣の人と交換採点を行う。


 私が丸付けを終えると、既に村瀬くんは終わっているようで、私の方をじっと見つめていた。





 思わず、戸惑ってしまう。






「な、なに?」


「字、凄く綺麗だね。」





 そういいながら、私の答案を渡す。彼は顔だけではなく、頭も良いようで、なんと体験生なのに、全問正解だった。



 小テストが終わり、本格的な授業が始まる。私たちのクラスは、授業のスピードが早いので、急いで黒板の内容をうつしたり、先生の話を少しでも聞き逃すと、訳がわからなくなるので、集中して聞かなければいけない。


 シャーペンを持ち、集中モードになる。私が黒板の内容を写しているとき、村瀬くんが、私の肩を優しくトントンとたたく。





 心臓が飛び跳ねそうになる。平気なフリをしているはずなのに、声が裏返って、1人で恥ずかしくなる。





「ど、どうしたの?村瀬くん。」





 先生にばれないように小声で話す。すると、村瀬くんは黙って床に指を指す。


 あっ、消しゴム。


 私のだ。


 教えてくれたんだ。




 取りに行くのが大変なので、足で必死に取りに行こうとする。すると、必死に取りに行こうとする私の姿に、村瀬くんはくすくす笑った。





「そんなにやっても、届かないと思うよ。とってあげる。」





 彼は笑いながら、私の消しごむを拾う。





 彼の体温で、消しゴムは少しだけ温かくなっていた。私は、感謝の言葉を交わした。


先生にばれないように、こっそり話すなんて、何だか悪いことをしている感じ。いつもは、何でもできる優等生キャラだから、新鮮な気分だった。






 ようやく授業が終わった。チャイムがなった瞬間、皆、教室からでる。私も帰りの準備をしていると、村瀬くんはお弁当を取り出す。



 不思議に思った私は、彼に聞く。





「お弁当? まだ勉強するの?」


「うん。今日の内容少しわからないから追い付かないと。」


「体験生なのに偉いね。」




 村瀬くんは、お弁当の蓋をあけ、箸を持つ。横からお弁当のいい匂いがする。



 気になってちらっと見ると、ハンバーグがあった。


 キラキラしているように見える。どれも美味しそうだ...。


 無意識によだれがでる。



 だめだめ!




 人のお弁当欲しがるなんて、いやしい人みたいじゃない。


 と、急に我に変えるが、それでもお弁当がきになり、チラチラと見る。





 その視線に気づいた村瀬くんが。私を見つめ、ハンバーグを箸でつかむ。





「あ、ハンバーグいる?」




 彼に気を使わせてしまった。よほど、私が欲しそうな目をしていたのだろう。申し訳ない。




「いいよ。悪いし。」 


「ううん。僕お腹空いてないからあげるよ。はい。口開けて。」




 彼にそう言われ、我慢できなくなった私は、思わず口を開ける。


 すると、ハンバーグの中に入っていたチーズがとろけだして、まろやかなおいしさが広がった。




 私は思わず、満面な笑みを浮かべる。




「おいしい! 村瀬くんこれ自分で作ったの??」


「うん。」


 村瀬くんは、照れくさそうに笑った。その笑顔が何だか可愛らしくて、私もつられて微笑んだ。

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