第25話 メティズヒリ、徹底制覇(3)

 垣崎先生マリリンのきれいな髪が、風もないのに、さらさらとゆらぐ ―― 奇妙に静かな瞬間だった。

 スキルを使って闘うのかと思っていたけど、垣崎先生自身は、動かない。ぼくの身長の倍はありそうなゴーレムを、ただ見上げているだけ。

 もしかしたら攻撃型ではなく、防御型のスキルなんだろうか ―― とすると、まずい。

 いくらぼくが革の本専用D E Wで援護しても、防御だけではできることに限りがある…… ダメ元で、先生のスキルにカウンター機能でもつけてみるか?

 ―― いや、あせるな、ぼく。

 ともかくもまずは、この戦闘における 『序破急』 の流れを意識しながら、革の本専用D E Wに記入開始 ―― するより、早く。


 ぶんっ……


 当たればおそらく、からだじゅうの骨が砕け、肉がつぶれてしまう。

 そんな、凶悪なスピードで ―― うす紫色の鉱石でできた鉄柱みたいな腕が、再びぼくたちの頭上を横切る。

 そして。

 と判断したらしい。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 アメジスト・ゴーレムはゆっくりと腰をかがめ、また腕を振り上げた。


 ぶぅぅぅぅぅっ…… 


 風をまとい、うなりをあげて、うす紫色の巨岩そのもののゴーレムのこぶしが迫ってくる……!


「垣崎先生、頭!」


 ぼくは叫びながら、自分の頭をかばう ―― けど、垣崎先生マリリンは、やっぱり動かなかった…… なんでだ?

 もしかして ―― スキル発動のための精神集中タイムとかなのかな。

 けど、このままじゃ、一撃で飛ばされる。

 なんとかしないと。

 とりあえず、使えそうなのは ――


目覚めよブエゴわが忌まわしきクェゴス前世のアンモルズ記憶よミラディオ……!』


 ぼくは革の本専用D E Wに繰り返し書き込む。

 この段階で使えそうな技なんて、魔王覚醒くらいしかない!


 ―― だめだ。


 同じ文言がすごい速さでページを埋め尽くしていっているにも関わらず。

 ぼくの記憶の底の封印が解かれる気配は、まったくない ―― 当然ながら革の本専用D E Wも無反応だ。


「先生、頭下げて! よけて!」


 叫ぶしかできない自分、情けなすぎる ―― けど、それすらもう遅いことだけは絶望的なほど、よくわかる。

 ゴーレムの太い柱のような腕と巨岩のようなこぶしが垣崎先生に迫るのが、やたらとゆっくりと視える。

 この瞬間に、なにもできないなんて……!


 そのとき。

 垣崎先生が両腕を前に出した。しなやかな動きは、なにかを操っているようでもある。


「捕縛之糸舞」


 いつもと変わらない穏やかな声。

 同時に、垣崎先生の髪が長く伸び、舞うように動く……


 ……ぅぅぅぅ


 ゴーレムのこぶしが、ピタリと止まった。


 >> えっすご

 >> なにこのスキル

 >> 強すぎ


 垣崎先生のスキルは、普段から本職のダンジョン掃討部隊の活躍をみているはずの視聴者のみなさんにとっても、予想外だったみたいだ。

 巨大隕石を思わせる白みがかった紫のゴーレムのこぶしは、いま、うす茶の糸にびっしりと絡みつかれて動きを止めている…… そのなにがすごいか、っていうと。

 この糸、なんと、垣崎先生マリリンの髪の毛なのだ。

 ―― なるほど。髪の毛を強度や長さも込みで自在に操れるスキル、ってところかな。

 だから、垣崎先生は動かずに攻撃がくるのを待っていたのか ―― 前もって言っててくれたら、ぼくももっと援護できたのにな…… いや。

 いまからでも、遅くない。

 しっかり観察。そして垣崎先生に有利になるよう、革の本専用D E Wで戦闘の流れにほんの少しだけ、手を加える ――


『アメジスト・ゴーレムは、もがくように腕を振り回そうとする ―― が、垣崎先生の髪の毛に押さえられて、ぴくりとも動けない。

 片手が使えない。

 そう悟ると、アメジスト・ゴーレムはもう一方の腕を振り上げた。

 先生の髪の毛を断つつもりだろうか。

 巨大な手刀が振り下ろされる…… 危ない!

 けど ――

 砕けたのは、ゴーレムの手のほうだった』


 >> やった!

 >> マリリンつえええ!

 >> やっぱ戦闘はスキル持ちに限る

 >> いやお前らNDHKのarchみたか?

 >> こんなもんじゃないぞ


 ―― え? これだけでもじゅうぶん、すごいと思うけど。

 まだまだ、ってことなのか?


 ―― 垣崎先生は、砕けたゴーレムの手の、うす紫の欠片がぱらぱらと落ち続けるなか、悠然と立っている。


「あら、イキがいいのねえ」


 ぼくからは背中しか見えてないけど、たぶん、いまの垣崎先生マリリンの口角は、きっちり上がってることだろう。

 暴れる幼児をなだめるような…… 愛情すらこもってるのではないかと勘違いしそうな声だ。


「そうね…… そろそろ、かしら?」


 しゅるっ…… しゅるるるるるっ…… しゅる


 垣崎先生の髪がさらに伸び、ゴーレムの全身をとらえ、もちあげる。

 おぞましさなどまったく感じさせない…… それどころかむしろ、美しいとすら思えてしまう、無駄のない動き ――


 >> うそ!?

 >> まさかここまでとは

 >> なんていうかすでに芸術

 >> それな

 >> でも、これどうするの?

 >> 地面に叩きつけるとかちゃうか?

 >> だからarchみてみろって


 ―― おっと、そうだ。

 ぼくは、コメント欄と一緒になって垣崎先生の髪が舞うのをぼんやり眺めているわけにはいかないんだ。


「先生! それ、めっちゃ固いんです! だから地面に叩きつけたら、のめりこんで身動きがとれなくなるように、ぼくが戦況を誘導してみます!」


 >> ノブちん力入ってるなw


「わかったわ、ありがとう…… でも」


 垣崎先生マリリンは少し困ったようだった。

 そのあいだにも先生の髪の毛は、ゴーレムを静かにぼくたちの頭上へと運ぶ。

 地面に叩きつけるための準備かな……?

 じゃあ、たぶん、そろそろラストだ ―― クライマックスが盛り上がるように、書いてみよう。

 ぼくも革の本専用D E Wのページをくり、【急】ラストに向けての準備をする。

 しかし。


「ごめんなさいね、ノブナガさん」


 なぜか、謝られた。


「私のスキル、じつはちょっと変わってて」


 >> ちょっと?


「スキル・鬼魂食拝」


 垣崎先生が、胸の前で手を合わせ、頭を下げる ―― その瞬間。

 垣崎先生の後頭部上あたりの空に、が現れた。

 まさに模範的な口 ―― ぷっくりとして健康そうな色合いとツヤを帯びた、形のいい唇。

 リップクリームのCMにも出られそうな完璧さだ。

 ただし ―― でかい。

 ぼくなんか、ひとくちで丸呑みにされそうだ。

 その巨大な唇の前に、垣崎先生の髪の毛はゴーレムを運ぶ。


「いただきます」


 唇が、くわっと上下に開いた。

 そこに髪の毛は、ゴーレムの上半身をつっこむ。

 中から真珠のような歯 (でかい) がのぞき、ゴーレムをかじる ――


 ざくっ…… ぱりっぱりっぱりっ…… 


 >> うまそう

 >> なんか食いたくなってきた

 >> わかりすぎる

 >> 腹減ったな

 >> わいポテチ買いにコンビニ行くわ

 >> ワイも 


 よく考えたら、これって。

 人間が魔界のモンスターを捕食している、シュールかつ不気味な場面 ――

 なのに、唇はあくまでお行儀よく、食べこぼしなくゴーレムをかじりとり、しっかりとよく噛んで飲みこむ。

 美しく、かつ美味しさが伝わってくる食べかたに、ぼくたちはグルメ動画でも見ている気分になってしまうのだ ――


 巨大唇がゴーレムをすっかり食べ終えると、垣崎先生は再び頭を下げた。

 画面の視聴者に向かってじゃない…… その尊い生命を提供してくれた食材に向かって感謝と愛を込めているのだとわかる、表情で。


「ごちそうさまでした」


 >> 完食

 >> まさかの

 >> こんなスキルあったのか

 >> 世のなかひろいな

 >> これ、モンスター倒したんやんな?


 ―― そうだ、これ、食事じゃなくて戦闘だった……!


 ぼくはあわてて、革の本専用D E Wに書きつけた。


『巨大な唇は、垣崎先生の食後のあいさつと同時に消えた……

 食べられたアメジスト・ゴーレムは、もちろん、しっかりと消化され、血肉となった。

 ぼくたちは、戦闘に勝利したのだ……!』


 >> 消化?

 >> マリリンが?

 >> いや、まさかw

 >> ゴーレム消化は無理やろw


 コメント欄のツッコミ…… うーん、たしかに。

 今回の戦闘も、ぼくはもちろん 【序破急新技】 を意識して革の本専用D E Wに書いていた。

 戦闘の始まりが 【序】。途中は垣崎先生が予想外すぎて 【破】急展開 というか単なる記録になってしまった…… けど、【急】ラストは、クライマックスを意識して書けたと思ったのに……

 やっぱり難しい。

 垣崎先生マリリンのすごいスキルを見せられたあとだけに、よけい落ち込む ――


「自分の無才能ノースキルっぷりが、つらい……」


 >> いまさらww

 >> ノブちんのスキルはアレやろ

 >> 厨2魔王

 >> 魔王覚醒

 >> いやノブちん不発弾やしな


 その魔王覚醒すら全然できなかったんだよね…… つくづく、役立ずの無能なんだな、ぼく。

 ―― そんなこと思いたくないし、思ってもなんにもならないとは、わかっている。

 けど 『それにくらべてぼくは』 ということばが心臓のあたりからどんどん出てきて、全身を縛ってくる……

 自然と下を向いてしまっていたぼくの頭に、やわらかく温かいなにかがわずかにふれた。

 ぼくの背中を、優しい手がなでてくれている ――


 >> いいなー

 >> ズルいぞノブちんw

 >> わいもマリリンになぐさめられたい


 垣崎先生のやわらかい声が、そっとぼくにささやきかけた。


「スキルにしても特殊すぎて、疑われるようになったので、私はダン掃部をやめるしかなかったんですよ」


 ―― え?


「正体がばれると、では生きにくくなってしまいますから…… 事前に詳しく説明できなくて、ごめんなさい」


 ―― えええ!?


「けど…… お願いですから、ほかのみなさんには、内緒にしていてくださいね、魔王様エラモ・レイ


 ―― えええええええ!?


 思わず固まってしまったぼくの頭から、温もりが離れる。

 と同時に、のほほんとしたいつもの垣崎先生マリリンの声がした。


「私のスキル 【鬼魂食拝】 はダンジョンのモンスターを異空間に転送し、そのスキルや特性を一時的に自分のものにする能力です」


 >> SUGEEEEEEE!

 >> すご杉

 >> ありかそんなの


 >> 1000いいね 達成しました


「なので私、これから数十分は、無双状態かもしれませんね…… ですから、スキルが効いているうちに行きましょうか、ノブナガさん?」


「あっ、はい、そうですね」


 先を歩きだした垣崎先生マリリンは、いつのまにか髪をきれいにまとめて三角巾をつけている。

 その背中を、ぼくはあわてて追いかけたのだった

 ――

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