第11章 王都に蠢く影
王都エルディア。
高くそびえる城壁の内側では、煌びやかな街並みと、憂鬱な影が同居していた。
民衆の間には「勇者が暴走した」という噂が広まりつつあり、人々の表情は不安に曇っていた。
◆
王城の謁見の間。
白亜の大理石に囲まれたその場所に、国王レオハルトと宰相ゲルハルトが並び立っていた。
「勇者が逃亡した、という報告は確かか」
王の声は低く、しかし怒気を含んでいた。
膝をついた将軍が答える。
「はい、陛下。拘束に失敗し、現在も行方を追っております。ミラ嬢と共に姿を消し……レオン卿までもが命令に背きました」
「レオンが?」
宰相が眉をひそめる。
「真面目一徹の男が命令違反とは……勇者に感化されたか」
王は深く息を吐き、玉座に身を沈めた。
「勇者は希望であると同時に、災厄にもなり得る。放置すれば、国そのものが揺らぐ」
「……陛下」
宰相が声を潜めた。
「やはり“あの計画”を進めるべきかと」
将軍が目を見開く。
「まさか……封印兵器を、ですか」
王はしばし沈黙し、やがて頷いた。
「勇者が神か魔かを選ぶという古き伝承。もし魔を選ぶなら……人の力で抗う術はない。ならば禁じられた力に頼るしかあるまい」
その言葉に、重苦しい沈黙が広間を包んだ。
◆
一方その頃。
城下町の裏路地では、別の陰謀が蠢いていた。
フードを深く被った商人風の男が、密かに集まった貴族たちに囁く。
「王は勇者を恐れている。だが我らは違う。我らにとって勇者は“鍵”だ。転生の理を解けば、王家を越える力を得られる」
「だが、勇者は制御できぬ」
「ならば縛ればいい。鎖で、血で……あるいは愛で」
薄笑いが闇に浮かぶ。
彼らはすでに、勇者を“駒”として利用する計画を進めていた。
◆
王都の片隅。
ひとりの少女が夜空を見上げていた。
透き通るような銀髪を持ち、瞳は深い蒼。
彼女の名はリディア――王立魔術院に所属する研究者であり、古代文字の解読者。
「……やはり、遺跡の記録と一致している」
手にした羊皮紙には、転生に関する断片的な文献が記されていた。
「“一度きりの転生者は、神か魔かを選ぶ”……。そして、その存在は必ず“導き手”と出会う……」
彼女は震える指で文字をなぞった。
「勇者は……すでに導き手に出会ったのね」
夜空に瞬く星の下、彼女の瞳には決意の光が宿っていた。
◆
王都の兵舎に、緊迫した号令が響いた。
鎧を纏った騎士たちが整列し、指揮官の声を待つ。
「勇者追撃部隊を結成する。対象は勇者アレンと、その同行者。可能な限り生け捕りを……しかし、危険と判断されれば即座に討伐せよ」
ざわめきが広がる。
勇者を「討伐」とは、兵士たちにとっても異常な命令だった。
だが、その異常を覆い隠すほどに命令の響きは冷酷だった。
◆
やがて広間に、黒衣の宰相ゲルハルトが現れた。
その背後に従う騎士の姿を見た時、兵たちの間に驚きが走った。
「レオン卿……!」
宰相は冷たく告げる。
「レオン卿、貴殿には勇者追撃部隊の指揮を命ずる。かつて共に戦った仲間だからこそ、勇者の動きを封じられるはずだ」
レオンの表情は凍りついていた。
彼はアレンを仲間として信じてきた。
しかし今、国王の命と仲間としての誓いが正面から衝突している。
「……承知いたしました」
硬い声でそう答えるしかなかった。
その姿を見た兵たちは一層ざわめいた。
「仲間を討てと命じられて……」
「いや、だからこそ従うのでは……」
レオンは人目を避けるように踵を返し、夜の廊下へと歩み去った。
◆
同じ頃、王立魔術院の一室。
リディアは机に広げた古文書を握りしめていた。
「勇者は“導き手”によって真価を定める……。もし国が勇者を討てば、この世界そのものが歪む」
窓の外に見える王都の街並みは、光に満ちているようで、どこか不吉な影を孕んでいた。
リディアは深呼吸し、決意を固める。
「勇者に会わなければ。彼に伝えなければならない。この世界が隠している理を」
彼女は密かに魔術院を抜け出す準備を始めた。
◆
その夜、王都の空には不気味な赤い月が昇っていた。
街角では民衆が囁き合う。
「勇者は魔に堕ちたらしい」
「いや、王家が恐れているだけだ」
「どちらにせよ……嵐が来る」
王国の中枢では、勇者を巡る策謀が幾重にも張り巡らされていた。
王の命令、宰相の企み、貴族の欲望、そして学者の真実――。
その全てが、アレンの運命を揺るがす巨大な渦へと収束しつつあった。
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