インクルージョンに魅せられて〜お金に困っていたら、爆発物愛好家の御曹司に何故か気に入られました〜

別槻やよい

第一章 アイオライトとの出会い

第1話 秘密のアルバイト


 部屋中の照明が、ハリドを照らすためだけにその顔を傾けていた。

 生まれてこの方、触れたことなどない高級な布地。それらを贅沢に使った柔らかな服は、本当にこの場に存在しているのか不安になるほどに軽い。

 己の褐色の肌から浮き上がる汗がそれに吸い込まれる度に、少年は軽く悲鳴を上げたい気持ちになった。

 

 真っ白で汚れ一つない背景布の上、ハリドはぽつんと浮かび上がるようにして置かれる椅子に座っている。

 すぐそばには肘を置く用途にしか使えなさそうな面積しかないテーブルが添えられており、そこには彼の左手がぎこちなく置かれていた。

 

 ――純白の輝きを放つ、真の主役がそこにいた。


 ハリドの左手、人差し指に嵌められた指輪のは、向けられたスポットライトを我が物顔で受け止めて光り輝いている。その光はまるで矢のように着用者の瞳に突き刺さり、彼が視界に入れずとも存在感を大いに主張していた。


 ……早く終わらせて帰りたい。

 ハリドが切実にそう思っていると、部屋の中に乾いたシャッター音が響き渡った。

 この部屋で写真機のシャッターを押す人物。それはハリドの同級生にして、この依頼をしてきた張本人であるジャスパー・エリンウッド以外に存在しない。彼がハリドにジュエリーモデルのアルバイトを提案し、服も場所も用意したのだ。

 そんなジャスパーは、ハリドから数歩離れた場所で写真機越しに熱のこもった視線を向けている。

 もちろんハリドにではない。魔法石へ、だ。


「……これで終わりですか。」


「あと七、八枚ってところだな。少しポーズを変えるぞ。」


 写真機の調子を見てから顔を上げたジャスパーにそう問えば、魔法石にも匹敵するような笑顔がそこに咲いていた。それはもう、今が最高に楽しいですと言わんばかりの微笑み。

 まだまだ時間がかかりそうな予感にハリドが少々落胆しながら「ポーズってどうすればいいんですか」と口を動かそうとした時、彼の視界にアッシュブロンドの髪が広がった。

 

 ふわりと鼻を掠める、上品な花の香り。

 照明の光で輝きを増した、透き通るような白い肌。

 絹糸のようにきめ細やかな髪の隙間からのぞく青紫色の輝き。


 どきりと心臓がひときわ大きく脈打ったのは、その手が自分の左手首に触れた時だった。

 ほんの少しだけハリドよりも高いジャスパーの体温が、緊張しきった己の手首から伝わってくる。乱れた脈がその熱でさらに暴れそうになったのは、まさに皮肉としか言いようがないだろう。


 ジャスパーの髪が自分の、老人のような銀髪と絡み合いそうになって、ハリドは思わず肩を震わせる。

 反射的に椅子から立ち上がってしまいそうだったが、腹に力を入れて何とか堪えたことを密かに褒め称えたい。しかし安堵の息を吐こうにも、状況がそれを許さなかった。


「手は顔の前、掴むんじゃなくて軽く撫でるイメージで指を伸ばして。視線は斜め左下。」


 近い。近すぎる。

 彼が言葉を紡ぐ度、吐息が僅かに火照った頬を撫でた。

 吐き出そうとしていた息と一緒にごくり、と飲み込んだ唾で息が詰まる。肌がぞわりと泡立ち、今なら全身の毛の一本一本に至るまで感覚が通っている気さえした。

 

「……っ。」


「うん、いい感じだ。そのまま動くなよ?」

 

 ――初めて声をかけられたときにも感じたが、ジャスパーは距離感というものを知らないのだろうか。

 にっと目を細めて薄く笑った少年は、ハリドの内心など知らずにスキップしながら写真機のもとへと戻っていった。

 

 収まる気配がない冷汗の感覚が顔の輪郭を伝うが、それを拭うために少しでも動いた途端にまたジャスパーが寄ってきてしまうだろう。もうどうにでもなれ、と彼の好きにさせることにしたハリドは指の間から細く息を吐いた。

 先ほどよりも近くなった輝きに、目を瞑ってしまいたくなる。



 (人が触れればたちまち魔力に反応してする魔法石、それをわざわざ素肌に身につける装飾品にするなんて……。やっぱりこいつ、やばいタイプの変態だ。)



 いくら土台に使っている鉄が魔力を通さない素材だとしても、下手したら死ぬような危険物を剥き出しの状態で装着させるなんて、とても正気とは思えなかった。

 ハリドは生まれ故郷にも、あえて危険地帯の魔法石を掘りに行く鉱夫がいた事を思い出す。ジャスパーもきっとそれと同タイプのスリルジャンキーに違いなかった。

 

 しかしこれをこなさなければ、報酬は手に入らない。

 報酬が手に入らなければどうなるか。

 それはもちろん、今通っている魔道具職人学校を退学になるということだ。


 自分の進退がこの、魔法石をばら撒いた床の上で裸足のままタップダンスを踊っていそうな男に託されている。そんな状況に何か喉元から酸っぱいものがこみ上げてくるが、ハリドには耐えるしか道はなかった。

 この危険なアルバイトが、早く終わりますように。ハリドは自分の体温で温くなった鉄越しに命の危機を感じながら、何処にいるかもわからぬ神に祈った。




 ……結論から言えば、神はいなかった。


 ハリドがそう実感したのは、彼が適当な方向へ祈りをささげてからおよそ一時間後。

 再度ポーズ変更をするべくハリドの手をとったジャスパーが、うっかり魔法石部分に触れてしまい部屋が爆発しかけたのだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 数多ある作品の中からこの小説をお読みくださり、誠にありがとうございます。


 今作ですが、全年齢ブロマンスを目標としているため、危険物を取り扱う描写はありますが人が死ぬことはございません。予めご了承ください。

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