五話/覆われた真面目

 ここはアパートの近所にある公園ではあるが、ほとんど立ち寄ったことがない。

 街灯に照らされた公園を見渡し、目的のものがないか探す。

 探していたものは、街灯の横とその近くにあった。


「あそこのベンチまで歩けるか」


 俺は街灯の横を指さす。

 女はこくりと頷いた。


「じゃあ、あそこの水道に寄ってから行こう」


 今度は少し手前にある水道を指さす。

 女はその言葉には頷くことなく、不満そうに口を尖らせる。


「酔いは覚めてますー。まだ一缶と半分しか飲んでないのでー」

「タコ」

「な、なな、なんでそんな悪口を!」

「タコみたいだから――とにかく行くぞ」


 手をじたばたしながら怒る女の手首を掴み、力の加減をしながら水道の方まで連れていく。


「そりゃ水も飲んで欲しいが、とりあえず傷口洗わないと」


 女の口から小さな声が零れる。

 俺の言葉で、少しは冷静になったらしい。

 そして、俺自身もここで冷静になる。


「よく考えたら……裾、上げられない……よな」


 女の履くデニムは、あまりゆとりのないデザインだった。

 小学生みたいな服装ならまだ裾を上げることが出来たかもしれないが、相手は酒の飲める大人だ。


「傷洗うのに邪魔だから?」

「ああ」

「じゃあ裾取るね」

「――取る?」


 サバイバル系の創作物にありがちな、『服の裾を引きちぎるシーン』を頭に浮かべていると、女は右足の膝の内側と外側の部分を何やら弄っている。


 女が右足から手を離すと、まるで皮むきをしたかのように、膝下の布がすとんと落ちた。


「え」


 目を白黒している俺など気にも止めずに、左足も同様に弄り、膝下の布を足首まで落とす。


「それ、取れるのか」

「うん。紐で結ばれてるだけだし」

「もしかして、最初から膝は見える状態だったのか?」


 俺の問いかけに、裾を片付けながら女は頷いた。

 その間に俺が蛇口をひねると、女も両膝を洗い流す。


「なんだ……転んで破れた訳じゃないのか」


 安堵のあまり吐き出した言葉は、流水の音では消えなかったようだ。

 

「え、それって」


 きょとんとした顔で俺をのぞき込む女。

 恥ずかしいが、ここまで言ってしまったのをごまかすことはできないだろう。


「膝が見えるくらいの、怪我したのかって。俺が走っていったせいで」


 女は、今までにない速さで首を横に振る。


「大丈夫、大丈夫だよ。おじさんのせいじゃない。私の不注意」


 すっと立ち上がり、涙で潤んだ瞳が、俺に近づく。

 ピアスや服装、アルコールで覆われたこいつの中身は、とても優しい子なのだろう。


「おじさんに、恩返しする!」


 泣きそうな瞳のまま、ぼんやりと立っていた俺の腕を取り、女は歩き出す。


「恩返しするのだー!」


 とっくに酔いが醒めているのは分かっているが、それは指摘しない。

 腕を引かれたまま、俺は歩き出した。

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