第6話 野うさぎの集い
すごく寝苦しくて顔を顰めながら起きた。
横を見るとママの作ってくれたぬいぐるみが床に転がっている。
「ワ!」
僕は急いで毛布から抜け出し、両手で恭しくぬいぐるみを包み込む。ぬいぐるみの頬は埃で汚れていた。
「寝ている間に転がっちゃったのね、そんなに気にすることないわよ」
朝、パンを食べながら母親が言う。
僕があまりにも肩を落としてショボくれていたからだ。
「それだけその子のことを大事に思ってくれていることが嬉しいわ。ほら、パンもう一枚食べる?」
廃屋の壁。段ボールで塞がれていた窓はいつのまにか厚手のカーテンがかけられている。
「ヨシャロの布屋で素敵な布を見つけたからカーテンにしたの。家っぽくなったでしょう。最近オルトの顔色が悪いから、やっぱり少し日の光が必要なのかもしれないと思って」
「ママ…」
「あ、それと町に行った時この間のサイレンについて訊いたわ。やっぱりウォカテの方からみたいね。何が始まったのかは誰も知らなかったけれど。あと、ヨシャロ周辺の植物に異変があったみたい」
「異変?」
「草木がおそろしく大きくなっているんですって。通常の成長速度ではないって。畑のおじさんはウォカテの人間がこの辺りに何かを巻いているんじゃないかと」
足音がジャリ、と聞こえて母の顔がこわばる。母の視線がこわばったまま下に向いた。僕に『机の下に隠れろ』と伝える顔のジェスチャー。僕は音を立てず机の下に潜る。
「様子を見てくるわ」
母親は囁き、机の下の僕の頭を軽く撫でた。
「いい子。そのまま動かないで」
母親は足音を立てず入口の方へ行く。僕は息を殺した。母は入口の隙間から外の様子を見ているらしい。そのあと外へ出て行った。
「ママ」
僕は声を殺して囁く。
「行かないでママ。置いていかないでママ。僕をひとりにしないで、ママ」
ママ!ママは二分ほど帰ってこなかった。音もなく入り口から母親が戻ってきた。手に、少しクシャッとなった紙を持っている。
「人はいなかったわ。アラ、オルト!泣いちゃったの?大丈夫よ、ママここにいるからね。ビラを巻いてる人がいたみたい。私たちを捕まえにくる人はいないから大丈夫よ。紙になんてかいてあるかしら………」
ママは紙をじっくりと見つめる。
『ウォカテでいい夢を見ることはできない。悪夢から覚めたいなら気づかなくちゃ。そこは本当によく眠れるのか?———共に戦いたいそこの君、私たちに連絡を。【野うさぎの集い】』
「ママ、なんて書いてある?うさぎの絵があるね」
「『ウォカテでいい夢を見ることはできない……共に戦いたい君……』なるほど、ビラを巻いた人が誰か分かったわ。ウォカテと戦う人たちがいるんだわ。でも無謀じゃないかしら、あんな巨大な街…」
「ねえ、どういうこと?ウォカテと戦うってどういうこと?」
「オルト、あなたは知らなくていい。知らなくていいことなのだから。さあ今日のお昼は何をしたい?」
ママがあからさまに話題を変えたので僕は少し不機嫌になった。ママがゴミ袋に捨てたビラを後で拾ったんだ。文字は読めないけれど、うさぎの絵が描いてあるのはわかる。絵のうさぎは強い顔をして遠くを見つめ、銃を握っていた。
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