第10話
第十話
言えなかった言葉
「……どうして今?」
その問いは、十年の沈黙を切り裂く鋭い刃のようだった。
喉まで出かかった言葉――「会いたい」――を、槙野は飲み込んだ。
唇が震え、代わりに曖昧な声が漏れる。
「……なんていうか……その……気づいたら、こんな時間が経ってて……」
言葉は空回りし、頼りなく宙に消えていく。
あれほど強く決意してかけた電話なのに、核心を避けてしまった。
受話器の向こうで、妻の呼吸が一瞬乱れた気がした。
そして冷静を装うように、淡々とした声が返ってきた。
「……そう。今さら何の用?」
その一言に、心臓をつかまれたような痛みが走る。
十年の空白は、やはり簡単には埋められない。
槙野は深呼吸をして、かすれた声を搾り出した。
「……ただ、声を……聞きたかったんだ。」
それが精一杯だった。
受話器越しに、沈黙が再び落ちる。
秒針の音、外を走る車の音、そして自分の心臓の鼓動ばかりが耳に響く。
やがて、妻が小さく息を吐いた。
「……子どもたちの声も、聞く?」
その言葉に、槙野の胸が大きく震えた。
十年間、夢にまで見た瞬間が、今ここにある。
だが同時に、心臓が凍りつくような緊張も襲う。
――彼らは、父をどう思っているのか。
――もう、他人のようにしか感じていないのではないか。
「……いいのか?」
やっと絞り出した声は、震えていた。
電話の向こうで、妻が誰かに呼びかける気配がする。
足音、ドアの軋む音、遠ざかる声。
そして――受話器の向こうに、聞き覚えのある少年の声が現れた。
「……はい?」
その声はもう少年ではなかった。
低く落ち着いた、青年の声だった。
「……お、お前……」
槙野の胸が、張り裂けそうに熱くなる。
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