第9話:砂に灯るは少女の誇り
サナの魔力は杖から地面へと伝い、ロランの足元でズズッとうねった。
次の瞬間、地面が盛り上がり、岩の杭のような突起が、バキバキと地を割く音を立てて突き出した。
それは、ロランの頭上に迫る黒い影を軒並み貫き、空中に釘付けにした。
貫かれたモンスターはもがく間もなく、先輩の炎がそれを炭へと変えた。
直後、彼の両手を掲げると、炎の壁が一層赤く燃え上がった。
炎は風に煽られ、唸るような音を立てながら、空気を焦がし、先ほど突破された隙間を埋めるように、再び敵を遮った。
動きを止めたままのロランに姉妹が近寄り、怪我を確認している。
ルミーナが膝をつき、カリーナが薬を取り出す。
どうやらケガはなさそうだと、ホッと一息ついたとき、
「余計なことはしなくていい」――そう言われたはずだったことを思いだした。
私は、勝手に魔法を使ってしまったのだ。
怒られるかもしれないと思った瞬間、胸の奥がじわりと冷える。
ロランにだけじゃなく、アルネスにも迷惑をかけたかもしれない。
失望を目に宿した彼の冷たい瞳を想像すると、杖を握る手に力がこもり、隣の彼を見ることができなかった。
炎の音が、耳の奥で鳴っていた。
一層強く燃え上がる炎が、わずかな時間だが、敵を退けている。
唸る風と、焦げた匂いが混ざる空気の中、前方の4人がこちらを振り返る姿が目に入った。
私は、咄嗟に目を閉じた。
「余計なことすんじゃねぇ!」
怒鳴り声が聞こえた気がする。
けど、その怒鳴り声をかき消すように、
「周りの奴のいう事なんて気にすんなよ。」
「予想以上に素晴らしい」
笑顔の先輩の声と静かなアルネスの声。
姉妹が足場の上で嬉しそうする様子とロランの勇敢に進み出る後ろ姿。
ううん、大丈夫。みんなはあんなこと言わない!
私はそっと目を開けて前を向いた。
振り返ったままのロランの姿が視界に入った。
私をじっと見つめて――
わずかに頭を下げて、すぐさま振り返ると、戦闘が再開した。
その仕草は、ほんの一瞬だった。
けれど、確かに私に向けられたものだった。
言葉はなかった。
でも、“ありがとう”が、そこにあった。
アルネスが、腰を落とし、視線を合わせて私を見つめた。
その顔は、いつも通り穏やかで、少しだけ笑っているようにも見えた。
彼の目は、私の不安を見透かし、励ましているようだった。
「友人を助けてくれてありがとう。次は、協力してもらえますか?」
私は、息を呑んだ。
返ってきたのは感謝の言葉。それどころか今度は、私の力を求められているのだ。
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
誰かのために、私の魔法が役立った。
それが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
アルネスは後衛に合流したゴウを呼び、短く作戦を伝えた。
先輩が強く頷き、豪快に腕を振ると炎の壁が姿を変える。
高くそびえていた炎は、徐々にその高さを削り、左右へと広がっていく。
熱と光が地面を這い、やがて“炎の帯”として形を成した。
それは、敵の進行を完全に遮るものではない。
しかし踏み込めば、確実に体を焦がす、炎の領域。
そして、それでも進む者には、私の魔法が待ち構えている。
少し高くした足場の上から、アルネスが場所を指示してくれる。
私は指示に従って、炎の帯を越えてきたモンスターに魔法でとどめを刺す役目を担う。
敵の進行を阻む炎の壁は、敵を迎撃するための“罠”となったのだ。
正面だけでなく、左右でも敵を減らせるようになり、戦場の流れは一気に変わった。
仲間たちの動きも軽くなり、声が飛び交う。
ロランの剣が閃き、姉妹の跳躍が敵を翻弄する。
先輩の炎が帯を維持し、私の魔法が敵を穿つ。
アルネスの指示と奇跡が全体を支える。
私もパーティーの一員として機能しているような充実感が体に満ちた。
ギルドの用意した大量の薬はほとんどなくなってしまったが、皆がくたくたになる前に、黒の塊は完全に消え去った。
――大量発生は、終息したのだ。
戦いの終わった湿原の風は相変わらず重く、焦げた臭いを緩やかに押し流す。
黒い塊に見えていたモンスター……
それらは大きなカエルにヒル、ナメクジだったようだ。
ホッとした表情で、それらの素材を回収する後詰めの冒険者たちの様子を眺めながら、私は、杖を握ったまま、ぼーっと見つめていた。
ふと、後ろから声がかけられ振り向く。
ニカっと笑う、眩しい先輩の顔に、大きく手を振り、名前を呼んでくれるカリーナ。
煩そうに耳を押さえつつも微笑みを浮かべるルミーナ。
珍しくちょっと意地悪そうな笑みのアルネスが、ロランの背中を押す。
たたらを踏んで前に出たロランが、頭を搔きながら小さく言う。
「……今回は、よく、やってくれた。」
踵を返し馬車へと逃げ込むロランを皆が笑う。
その様子が、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
胸の奥に、ほわっと、優しい火が燃えるような感覚があった。
いつもの小さな火とは違う、もっと大きくて、静かで、優しい、確かな火。
私はこの日、自分の魔法のことを本当に好きになれた気がした。
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