第3話:砂に迷う、少女の思考
突然の追放宣言を受けた私は、しばらく、日がな部屋でぼーっとするだけの日々を送っていた。
悲しくても腹は減る。ご飯を食べればお金が減る。
少なくなった手持ちの資金を見たとき――
依頼、受けなきゃな……って思っている自分に気が付いて、苦笑いがこぼれた。
あんな目にあったって言うのに、私はまだ冒険者を辞めるつもりはないらしい。
久しぶりにギルドに顔を出すと、周りの視線とささやきあう声が私を待っていて、折角燃え始めていたやる気の炎が、水をかけられたように消えた気がした。
心無い冒険者が私のことを堂々と“無駄魔法の地味女”と言って笑っている。
掲示板の前にぽつんと佇む私は、やっぱり帰ろうと思ってくるりと振り向くと、赤髪の男の人が立っていた。
赤髪が光に透けて、まるで炎のようだった。
同じローブを着ているのに、彼はまるで別の世界の人みたいに見えた。
魔法学校にいた頃、遠くから見ていただけの先輩。
豪快な炎の魔法を使う先輩は成績優秀で、孤児出身なのに誰とでも仲が良く、いつもたくさんの笑顔に囲まれていた。
私なんかが話しかけることもできなかった人が、今、私に声をかけてくれた。
「周りの奴のいう事なんて気にすんなよ。俺はお前の砂の魔法、繊細ですごいと思っているぞ」
突然声をかけられて驚いている間に、「じゃあな」と言って男の人――憧れの先輩は仲間に呼ばれて去っていった。
……繊細ですごい。
その言葉をかみしめると、胸の奥がじんわりと熱くなる。
私の魔法をそんな風に言ってくれる人がいるとは思わなかった。
いつもいつも余計な事と言われてきた魔法だけど、それも褒めてくれる人がまだいたんだ。
先輩の言葉は短かったけれど、私の中で、何回も響いていた。
消えたと思ったやる気に、小さな小さな火が灯された。
――今日の依頼は、先日の嵐で倒れた街道沿いの倒木の撤去。
貧弱な私一人でも、危険の少ない街道沿いの依頼ならこなせるはずだ。
両手で杖を掲げ、目を閉じ魔力を集める。
ゆっくりと目を開いて倒木を見据え、私は静かに地面へ杖を下ろした。
杖の先が土に触れた瞬間、魔力が地面へと流れ込む。
街道の外へと押しやるように地面が盛り上がり、パキパキ、わさわさと倒木の枝葉が音を立てながら移動していく。
折り重なるように倒れた5本の倒木の処理が終わり、いざ帰ろうと思ったら、木の根で掘り起こされた地面と、でこぼこになった路面に気が付いた。
私はこれもついでだと、杖の先で、トントンと地面に軽く突いた。
魔力が走ると、まるで周囲の風に乗るように砂がさらさらと音を立てて集まり、地面を滑らかに整えていく。
砂は形を持たない。
だからこそ、私の意志で形を与えることができる――それが、私の魔法。
……誰も見ていない。
でも、確かに誰かの役に立っている、私の魔法なのだ。
とぼとぼと帰路につきながら、私は追放前の戦闘を思い出していた。
あの時は、切り立った崖を背に、私たちはコボルトの大群を相手にすることになっていた。
私とベルを守るように、前衛の三人は三方に分かれて戦っていた。
正面のフランクは、多くの敵を引き付け、盾で押さえつつ、剣で敵を制する。
右手側にはジョーイ。器用に敵の四肢を狙い、倒すのではなく封じる戦い方をしていた。
左手側のビリーは、盾によって止められた敵が溜まり始めると、大振りの一撃でそれを一掃した。
でも、その隙を狙われた。
重い槌を横凪に振り終わったところを、鋭い爪がビリーの脇腹を狙っていたのだ。
「危ない!」
声が漏れた瞬間、体が勝手に動いていた。
私は杖をぎゅっと握り、地面へと強く突き立てる。
杖が土を打つと同時に、魔力が一気に走り、短く光を放つ。
ビリーの足元の砂がざわめき、彼の脇腹を守るように、砂の柱が突き出した。
甲高い音が鳴り、コボルトの爪が砂の柱に阻まれる。
私は確かに、彼のことを守った――はずなのに。
音に気が付いたビリーは、片手でその敵を殴りつけると、顔を真っ赤にして、こちらに怒鳴った。
「余計なことすんじゃねぇ!」と。
……でも、見過ごすわけにはいかなかった。
あのまま倒れていたら、敵がなだれ込んで、次に狙われるのは私だったかもしれないし。
ベルは、私のすぐ後ろで祈っていたはずだ。
たしかに風の神に捧げる言葉は、静かで、綺麗で、ゆっくりと響いていた。
リディアベルは“聖印”と呼ばれる教会で祈りの修行を修めた証を持っている。
私もそれも見せてもらったことがあるし、彼女自身が、誇らしげにそう言っていた。
だからであろうか、前衛の三人の動きは攻撃を強く意識した立ち回りだ。
フランクが敵を引きつけ、ジョーイが動きを封じ、ビリーが強力な一撃を繰り出す。
彼らは、ベルの奇跡があるから、多少の傷は問題ないと思っている。
でも、私は違う。
ベルの奇跡は、確かに強いのかもしれない。
けれど、発動には時間がかかるようだし、なんというか……祈りの言葉に、心がこもっていない気がするのだ。
だから、私は彼女の奇跡を信用しきれなかった。
その結果あの三人の守りをすることになり、私の魔法が邪魔だと言われた。
それでも魔法をやめることはできなかった。
もし三人の誰かが怪我をして、陣形が崩れたら、次は自分の番かもしれないと思うとやめることはできなかった。
結局私は、自分が生き延びるために、魔法を使っていたのだろう。
メンバーのことを信頼できない自分の行きついた先が、今回の追放だ。
やっぱりあれは、余計なことだったのかな……
自分の魔法を見つめなおすたびに、私の思考はぐるぐると彷徨い続けた。
……でも、あの砂の柱がなかったら、私は今ここにいなかったかもしれない。
それだけは、確かだ。
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