第20話 イグニスでの授業
三週間の巡回を終え、ソフィアは最後にイグニスの教室へと向かった。赤い腕章をつけたイグニスの生徒たちは、他のどのクラスよりも炎のように熱く、情熱的だった。彼らは、ソフィアの存在を全く気に留めないかのように、荒々しい熱意をもって授業に熱中していた。教室は常に活気と、制御しきれない魔力の熱気で満ちていた。
炎の魔法は、他のエレメントに比べて術者の感情の影響を最も受けやすい。生徒たちの感情が高ぶると、彼らの魔法は時に暴走し、コントロールを失うことも稀ではなかった。
そんな中、一人の生徒が魔法を暴発させ、教室が爆発的な火花と高熱で満たされた時、他の生徒たちは騒然となり、身を引いた。誰もがその炎を鎮めるのに苦労していたが、ソフィアだけは冷静沈着だった。
彼女は、暴走する炎の向こうにいる、恐怖と焦燥で顔を歪ませている生徒に、まっすぐな声で呼びかけた。
「……落ち着いて。その炎を、自分の心の中の炎だと思って」
生徒は、ソフィアの言葉に驚き、一瞬動きを止めた。その声には、炎の熱にも負けない確かな響きがあった。ソフィアはさらに続けた。
「……もっと、熱く、だけど優しく、包み込むように。炎は、破壊だけでなく、暖かさを与える力も持っている。その優しさを、炎に伝えて」
生徒は、言われた通りにしてみると、驚くべきことが起こった。暴走していた炎は、まるで懐いたペットをなだめるように、彼の意思に従って急速に収束し始めたのだ。そして、彼の手のひらに残ったのは、美しく、穏やかに燃える小さな炎だった。
イグニスの生徒たちは、ソフィアの能力に圧倒された。彼らにとって、ソフィアはもはや『魔力のない落ちこぼれ』ではなく、『魔法の真髄を理解し、感情を制御する賢者』となっていた。彼女の的確なアドバイスと、どんな状況でも揺るがない冷静さは、彼らの情熱的な心を深く打ったのだ。ソフィアは、四つのクラス全てで、単なる監督生の立場を超えた深い信頼を勝ち得た。
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