¥File 29. 崩壊する医療

 陽太とSAKURAサクラたちが教室でMIZUHOミズホについて話している同じ頃。


 海島県立中央病院、ナースセンター――


 ポロロロン ポロロロン ポロロロン ポロロロン


 鳴り響く警告音アラーム。医療機器が患者の異常を次々と感知し、知らせていた。それも一人や二人ではない。押し寄せるアラームの波に飲まれ、ナースセンターの看護師たちは混乱に呑み込まれていた。

 本来ならばMIZUHOミズホが自動的に輸液の量を調整したり、看護師たちに具体的な指示を与えたりするはずだ。だが今日に限って、そのサポートがまったくない。


「ねぇ、誰から対応すればいいの!?」

「ど、どうしよう!」

「とにかく、とにかく片っ端から……!」


 どうすればよいのか分からず、看護師たちはパニックを起こし、涙を浮かべる者さえいた。


「落ち着きなさい!」

「し、師長……」


 その場に響いたのは、看護師長の凛とした声。緊急で駆けつけた師長の激が飛び、看護師たちは一瞬にして我に返った。

 師長は四十代後半。黒髪のベリーショートにとても優しげな顔立ちだが、銀縁眼鏡の奥の瞳は鋭い。


 ポロロロン ポロロロン ポロロロン ポロロロン


 鳴り止まぬ警告音アラームがナースセンターを覆う。


「真田さん! 竹中くん! あなたたちはICU集中治療室HCU高度治療室の患者さんの状況を確認! 内線で私に報告して! 患者さんを守れるのは私たちだけ! しっかり頼むわよ!」

「はい!」

「はい! 真田さん、行こう!」

「飯島さん! 森くん! 川島さん! あなたたちは警告音アラームが鳴っている患者さんの状況を手分けして確認! 状況に応じてすぐに対応を! 大丈夫、あなたたちならできるはず! 落ち着いて!」

「はい、できます!」

「わかりました!」

「すぐに行きます!」

「岡田さん、大内さん! ふたりはナースセンターに待機! 何があってもすぐに動けるように準備して! それから各科の先生方、全員に緊急連絡を! 現状を報告して、すぐに来てもらって! 宿直の先生も叩き起こして!」

「はい! 私、連絡します!」

「私、宿直の先生を起こしてきます! あと予備の器具と輸液ポンプの準備も!」


 看護師たちは一斉に動き出した。ナースセンターの空気は、先ほどまでの混乱から一転し、緊張感に満ちた秩序を取り戻していた。

 師長は歯を噛み締め、拳を固く握る。


(……何でもかんでもMIZUHOミズホに頼りすぎてる……)


 看護師たちの能力は決して低くはない。むしろ高い。しかし、AIによる医療補助があまりにも当たり前になってしまったせいで、AIが止まった瞬間に、その力を活かせなくなっている。AIの能力があまりにも高すぎるが故の弊害だった。


 プルルルル プルルルル プルルルル


 内線電話が鳴る。HCU高度治療室からの連絡だ。


「もしもし、ナースセンター、師長の藤原です」

『師長、竹中です! HCU高度治療室の高橋さん、VF心室細動です!』

「すぐにAED自動体外式除細動器で処置して! 先生を待っていられないわ! PEA無脈性電気活動エイシス心停止に陥ったら心マ心臓マッサージして、すぐに報告頂戴!」

『わかりました!』


 プルルルル プルルルル プルルルル


 受話器を置く間もなく、別の内線が鳴り響く。


「もしもし、ナースセンター、師長の藤原です」

『救命救急センター、ER救急初療室の野田です! 今朝の地震の被災地から重傷患者の受け入れが決定しました! 現地状況が確認出来次第、ドクターヘリ救急医療用ヘリコプターを飛ばします! 発進が決まったらまた報告しますので、受け入れ準備をお願いします!』

「……承知しました」


 師長は受話器をそっと置き、ナースセンターを見渡す。


「もしもし、矢野先生ですか!? 看護師の岡田です! 先ほどメッセージを送ったんですが、今病院が大変なことになっていて――!」


 岡田が必死に医師たちを呼び出していた。


 ポロロロン ポロロロン ポロロロン ポロロロン


 鳴り止まぬ警告音アラームが、師長の鼓膜を容赦なく叩き続ける。


(……AIを頼れなくても、患者さんの命は守ってみせる! ここで私たちが折れるわけにはいかない! 負けるものですか!)


 しかし、その決意を試すかのように、ナースセンターにはなおも医療機器の警告音アラームが鳴り響き続けていた。






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Next File.


 ¥File 30. 見えない炎





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