¥File 05. 校舎裏にて

 授業がすべて終わり、教室をクラスメイトたちと掃除している陽太。

 昔から続いている生徒たちによる清掃は、二十一世紀も終わりに近づいている今も続けられていた。いまや海外でも広く知られ、情操教育の一環であると同時に、日本独自の伝統文化として注目されるまでになっていた。

 とはいえ、生徒はといえば――


「毎日面倒だなぁ……」


 ――と、長柄箒ながえほうきを引きずりながら不満げにゴミを集める陽太のボヤキ通りだった。いつの時代も同じなのである。


「ボク、ゴミ捨ててくるね」


 陽太の一言に、クラスメイトたちがにこやかに応える。


「おぅ! 陽太、よろしくな」

「杉本(陽太)くん、いつもありがとね!」

「じゃあ、オレらはこれで解散だな」

「私、部活に急がないと……!」

「陽太、じゃあな。また明日!」

「杉本くん、じゃあね!」


 クラスメイトたちは『またな!』『ありがと!』と声を掛け合いながら手を振り、笑顔の余韻を残して次々と解散していく。

 みんなを見送った陽太は、ゴミ箱を抱えて校舎裏のゴミ集積場へ向かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 校舎裏――


「よっ……と。ゴミ捨て、これにて完了。SAKURAサクラを起こして、早く帰ろっと」


 ブロック塀で囲まれた集積場にゴミ箱を空けた陽太が、教室に戻ろうと振り返ると――


「杉本くん」


 ――クラスメイトの篠原しのはら優花ゆうかが立っていた。

 優花はクラスの陽キャグループに属しているが、真面目な優等生で、クラスでも際立って可愛い黒髪ミディアムボブの女子だ。二年生に進級してから半月、陽太と接点があったわけでもなかったので、何事かと陽太は驚いた。


「は、はい。なんでしょうか、篠原さん」


 緊張する陽太に、肩まで伸びた黒髪を揺らしながら、ゆっくりと近付いてくる優花。甘い香りをまといながら陽太の目の前まで来ると、優しい微笑みを浮かべた。


「杉本くんって……付き合ってる子、いる?」

「ううん、いないけど……」


 にっこり笑う優花。


「私とか……どうかな?」

「えっ!?」


 優花の言葉に、陽太は半分パニックだ。


「私ね、杉本くんみたいな真面目な男子が好みなんだ」

「ボ、ボク!?」

「うん……ダメかな?」


 少しうつむき加減の優花は、上目遣いで潤んだ瞳を陽太に向ける。


(つ、ついにボクにもモテ期到来! しかも、篠原さん!)


 陽太からすれば断る理由などない。

 悩むことなく頷こうと――


 ――舞い散る桜吹雪の中で、長い黒髪を揺らしながら微笑む少女の姿。


 陽太の脳裏に浮かんだ昨日の夢のワンシーン。

 夢の内容などすべて忘れたはずなのに、その場面だけが鮮明に蘇った。

 自分に優しい微笑みを浮かべたその女の子は――


 ――SAKURAサクラ


「杉本くん?」


 優花の呼び掛けで我に返った陽太。

 目の前には、答えを待つ優花がいる。


(ぜひ付き合ってください!)


 言葉が出てこない。

 こんなチャンスは、もう二度とないはずなのに。

 どうしても言葉が出てこない。

 頷くだけでいいのに。

 どうしても頷けない。

 そして――


「――ごめんなさい」


 陽太は、優花からの交際の申し出を断った。

 断られるとは思っていなかったのだろう。

 優花は驚きの表情を浮かべている。


「ダッセー! 優花、振られてやんの!」

「百パー落とせるって言ってたくせに、超ダサッ!」

「約束通り、全員にフラペおごりね!」


 陽太の後ろから男子と女子の声。

 振り向いた陽太の前には、ゲラゲラ笑うクラスの陽キャグループの姿があった。

 どういうことなのか分からず、思考が停止する陽太。


「おい」


 暗く沈んだ優花の声に、陽太は向き直る。


 パンッ!


 乾いた音が校舎裏に響き渡り、次の瞬間、陽太の左頬に鋭い痛みと熱が走った。

 優花が鬼の形相を浮かべながら、陽太の頬を張ったのだ。


「ふざけんじゃねぇぞ、テメェ! お前のせいで、みんなにフラペおごんなきゃいけなくなっただろうが!」


 普段の優花では想像もできない表情と言動。

 陽太はすべてを察した。


(ウソ告だ……)






----------------




Next File.


 ¥File 06. 変わらない人間たち





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