灰の継承者
いそじま
第1話 銀髪の子は、墓を荒らす
「……いかないで。……いかないで」
そんな声が聞こえる。
「大丈夫だよ。僕はどこにも行かない」
無意識に答えてしまった、その瞬間。
「こらあああっ!! 何してんだ、この不届き者! うちの娘の墓を荒らすな!」
怒号が飛ぶ。気づけば、僕はまた――墓を掘り返していた。
そう、これが僕の日課になっていた。
死者の声が、僕には聞こえるのだ。
墓に眠る遺体から、最後の想いが零れ落ちてくる。
他の誰にも聞こえないその声を、僕だけが受け取ってしまう。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
やってはいけないことだとわかっている。
でも、死者の寂しい声を聞けば、体が勝手に動いてしまうのだ。
罰という名の暴力には、もう慣れていた。
「……またあの子よ」
「どうして墓を荒らすのかしら、気味が悪いわ」
「銀髪なんて不吉だわ。両親は黒髪なのに……やっぱりあの母親のせいかしら」
「そうよね、浮気の子供だって噂だもの。親ごと村の恥よ」
村では僕の墓荒らしは奇行として有名だった。
けれど本当の理由は――僕の銀髪だ。
母の不貞を疑う噂とともに、両親までもが村人から蔑まれていた。
夕暮れ、制裁を受けた傷だらけの体で足を引きずりながら家に帰る。
陰口を浴びながら。
「……ただいま」
両親は僕に関心を示さない。
それも当然だ。僕のせいで彼らは村人から嘲笑されているのだから。
「……また墓に行ったのか?」
「あなた! やっぱりこの子変よ! 教会に相談しましょう!」
「うるさい! 教会に診せるのにいくらかかると思ってるんだ! そもそもお前の浮気が原因だろ! こいつのせいで俺まで笑いものだ!」
「浮気なんてしてない! この子はあなたの子よ!」
叫ぶ母の声を拳でねじ伏せ、父は殴りつけた。酒を飲みに行くために、外へ出ていった。
「……何を見ているの? 本当に気味が悪い」
母は唇を噛み、涙をにじませていた。
「……ごめんなさい」
これしか言えなかった。
誰かを責めるより、自分を責める方がまだ楽だった。
「あなたは一体何なのよ!? 人が死ぬたびに、どうして墓を荒らすの!?」
母は作りかけの料理を荒らし、寝室へ飛び込んでいった。
僕はただ立ち尽くすしかなかった。
少しでも両親に喜んでほしくて、作りかけの料理を仕上げる。
先月亡くなった隣のおばあさんの味を思い出しながら。
◇ ◇ ◇
おばあさんの墓からは、はっきりと声が聞こえていた。
「もっと料理を作りたかった。孫たちにもっと食べさせてやりたかったね」
「おばあさん、料理が好きなの?」
「はは、好きじゃないよ。大嫌いさ。大変なんだもの」
「じゃあどうして?」
「……孫たちが喜ぶからさ」
その声は優しかった。
僕の耳に届いているのは幽霊の声ではない。遺体そのものから滲み出る“想い”。
「坊や、墓を掘ってくれないかい?」
遺体は包丁を大事そうに握っていた。そばには貴重な紙のレシピも。
「そいつを持っていきな。孫の笑顔のために、わたしが鍛えた包丁だ。あんたが使えば、もっといいもん作れる」
「……ありがとう」
「村一番のうまいもん、作るんだよ」
おばあさんの声は遠ざかり、やがて消えた。
亡くなった人はいつも、切なげに、楽しげに、期待を込めて消えていく。
◇ ◇ ◇
「頑張らなくちゃ」
両親のために。僕自身のために。
僕は包丁を握り続けた。
だが、作った料理を両親が口にすることは決してなかった。
「……また冷めちゃった」
独りごちる夜が続いた。
父が酒臭い息を吐きながら戻ってきたのは、ちょうど料理を片付けようとしていた時だった。
その背後には、腕っぷしの強そうな男たちと、妙に軽薄な笑みを浮かべた若い貴族がいた。
「アリオス! 貴様には今すぐ鑑定の儀を受けてもらう!」
父は僕の腕を乱暴に掴んで外へ引きずり出す。
「ちょ、やめっ……!」
「ははは! いやぁ偶然酒場で領主様に出会ってよ! なんと、この子の鑑定代を肩代わりしてくれるってさ! ありがたく思え!」
父はふと息を整え、真剣な顔で母を見つめた。
「今まで悪かったな。お前に当たって……疑って……本当にすまなかった。お前が浮気なんてするはずがないのに……全部アリオスが、おかしかったからだ。銀髪も、奇行も……こいつが禁忌職なら、全部説明がつく」
母の瞳に涙があふれた。
「……あなた……!」
その瞬間、父と母は抱き合った。
僕が生まれて初めて目にした両親の抱擁だった。
だがそれは、僕が“原因”であると突きつけられる光景でもあった。
「いやいやぁ〜! 私の領民はみんな仲間ですからねぇ! 困った時は助け合い! それが私のモットーでーす!」
領主――サンダース男爵は、芝居がかった大声で群衆に手を振った。
広場の中央に魔法陣が描かれており、司祭たちが並んでいた。
その中心に座らされると、光が僕を包み、次の瞬間――黒に染まった。
「……っ! 黒光!? まさか、闇属性!?」
司祭たちがざわめき、書き留め始める。
「宿命……【墓荒らし】……? そんな記録は聞いたことがないぞ!」
「しかも宿命の証が……なんだこの羅列は……」
紙が掲げられる。村人たちが押し寄せて読み上げる。
鑑定結果
宿命:【墓荒らし】(闇属性)
宿命の証:【死体鑑定Lv2】【遺志継承Lv2】【料理Lv43】【歌Lv12】【逃げ足Lv14】【投擲Lv32】
「料理43!? うちのおふくろのだろ、それ! 墓も荒らしたな……宿命の証盗んだんだ!」
「うちの娘の歌声まで……!」
「俺の弟の投擲まで……!」
罵声と石が飛ぶ。
「違う……! 盗んだんじゃない! みんなが……!」
必死に声を張るが、届くはずもなかった。
司祭たちが顔を見合わせ、ざわめいた。
「……記録にない宿命だ」
「前例がない以上、判定は慎重にすべきだろう」
「静粛に!」
ひげを蓄えた老司祭が杖を突き、声を張った。
「まだ子供だ。実害があったわけでもない。
それに宿命とは、生まれつき定まるものとはいえ、育て方で変異することもある。
危険と決めつけるには早すぎる!」
だが、サンダース男爵がひらひらと手を振って遮った。
「いやぁ〜司祭様方は甘いなぁ。育て方次第? 確かにそうかもしれませんねぇ?」
彼はにやりと笑い、群衆へと声を投げた。
「じゃあ――もし欲しい宿命の証を奪うために、この子が人を殺したら?♡」
「……っ!」
村人たちが一斉に息をのむ。誰かが叫んだ。
「そんなの絶対許されねえ!」
「禁忌職だ! 厄災だ!」
ざわめきは恐怖と嫌悪へと変わり、広場を飲み込んでいった。
「禁忌職に理屈は不要でーす!」
サンダース男爵が軽快に割り込む。
「みなさん、聞きましたか? 宿命の証を盗む恐ろしい化け物! こんなの放置しておけますか〜?」
「おおおおおっ!」
村人たちが拳を振り上げる。
「では! ここで提案でーす! この子は追放! 禁忌職の厄災を遠ざけ、我らが領地を守るのです! 賛成の方、拍手を〜!」
歓声と拍手が広場を揺らす。
「待て! 幼子を魔獣の巣窟に放り込めば死ぬだけだ。禁忌職といえど人の子だ!」
ヒゲ司祭の声が響く。
「追放は王国法にすら反する!」
「いやぁ〜法律って、解釈しだいで便利ですよねぇ?」
サンダース男爵はにやりと笑った。
「となりの領地に“移住”させるだけです! 我が領地から出ていってもらう、それだけのこと!」
「その移送費用は……皆さまの“温かい寄付”でまかないます! 領地の未来のために!」
「おう! 払うぞ領主様!」
「禁忌職追放のためなら喜んでいくらでも払うわ!」
「おやおや奥さん、“いくらでも払う”って言いましたね? では全額お願いしまーす!」
「え、えぇっ!?」
広場がどっと笑いに包まれる。
両親が人前に引き出された。
「皆さま! 彼らは禁忌職に生まれた子のせいでどれほど苦しめられてきたか! でももう大丈夫! アリオス君が去れば、この夫婦は解放されるのです!」
「……そうだわ……」
母が小さくつぶやき、泣き笑いを浮かべる。
父も嗚咽をこらえながら頭を下げた。
「みんな……すまなかった……!」
「悪いのはお前じゃない!」
「そうだー! お前たちも仲間だ!」
歓声が湧き、両親は涙を流しながら村人に抱きしめられていた。
その光景を見て、胸が締め付けられる。
拘束され、引きずられる僕の耳に、楽しげな笑い声と「ありがとう領主様!」の声が木霊していた。
「……なんで、僕だけ……」
涙はもう出なかった。
胸の奥が、ひどく冷たかった。
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