第7話 推しと王都に行って世界観を知る
空にはドラゴンやペガサスが飛び回り、深緑の葉っぱが付く木々で妖精が談笑しているのを見ながら歩みを進める。元の世界では架空の生物と呼ばれる存在を実際に見ると、なんだか不思議な気持ちだ。元の世界にいる頃は本やアニメでしか見ることができなかった。実際に会うことなど叶わないと思っていた生き物たちを見ることができる。子供の頃に動物園に行った時と同じように、あの頃と何も変わらない童心が躍る。
害がなくて、なおかつ可能であればドラゴンの肉とか食べてみたい。このアークと呼ばれるこの世界独特の料理とか食べたい。こういう体験は元の世界ではできないだろうから。
歩みを進めている間、敵や魔物に襲われるなどの異常は特になく森を抜けて順調に町付近の草原に到着。森が開けた途端、少し距離があるにもかかわらず巨大な城壁が視界いっぱいに広がった。大きな石を重ね合わせた強固な壁、一定の間隔に建てられた尖塔。監視も防御面もばっちり。これなら魔物やドラゴンの攻撃にも耐えることが出来そう。
どうやら城塞都市のようだ。異世界でも初めて訪れる街。楽しみであり不安だ。
気が付けば、石畳で舗装されている道になってきていた。そしてここら辺まで来ると人もちらほらと見える。馬車に乗った商人、道具箱を抱えた職人、釣竿を背負った釣り人など様々。そんな人たちの間を抜けて城壁に近づくにつれ、その迫力に息を飲んだ。
「で、でかい…」
都市を囲う城壁の高さは近づくほどにまるで飲み込まれてしまうかのような錯覚を覚えてしまうほどに高く、ただただ圧倒される。俺が通う、三階建て校舎よりも遥かに高い。
遠くから見て石造りだと思っていた城壁は黒光りし金属で補強されているよう。城壁だけではない。二階建ての建物がすっぽり入る位の大きい巨大な門も、金属で補強させていて重厚感があふれ出ている。王都と言うだけあって全てにおいて重厚感が醸し出されている。
ユイカちゃんをチラッと見ると、俺を凝視していてばっちり目が合い、心臓がドキッと跳ね上がった。どうしたんだろう?
「立派な建造物ですね。ここまでの城壁を見るのは初めてです。行きかう方々の服装は古きヨーロッパ式のチュニックのような格好もあれば、露出の多いワンピースやスカートなど、ピアスをつけている方々もいて所々に現代ファッションが混じり年代もバラバラですね」
「確かにいろんな人がいるね!言語は現代日本をベースにしてあるって言ってたけど、もしかしたら、服装もそういう感じで現代と過去の服装を混ぜているのかもしれないね。みんな個性的だねー」
「…」
行きかう人々を見ながら言ったらユイカちゃんはなぜか無言で見つめてくる。
「どうしたの?」
「…いえ。なんでもありません」
そう言うと俺から顔をそらした。俺には読心術とかないからユイカちゃんの心境はさっぱりわからない。むっとした表情でもなかったし、気になるけど答えは見つからないだろうから一旦置いておこう。それにしてもユイカちゃんのライトグリーンの瞳は綺麗でドキドキするなぁ。
城壁の周りは水堀で囲まれていて、町に入るには石レンガの橋を渡らなくてはいけない。城跡とかほとんど行った事がないから使われている水堀を実際に見るのは初めてだ。覗いてみると水は透き通り綺麗で、風情があることに煌びやかな朱色の鯉が泳いでいる。
だが気になるのは門番や見張りの数の少なさ。ぱっと見ても5人ほど。こんなにも城壁や堀があり防衛に力を入れている様子なのに。それに行きかう人も、顔パスといった感じで何も書類などを見せることなく門を通過していく。むしろ何かを貰っている。
ひとまず橋に向かうことにして歩みを進めるが近づいて初めて分かったけど、城壁に沿うように地面に魔法陣らしきものが刻まれていた。漫画やアニメでしか見たことがない形容しがたい独特な模様。特に何か気のような気配を感じるという事はない。
「おや?君たちアルビオンは初めてかい?」
プレートアーマーの上からでもわかるくらいに門番らしい筋肉質な体型に、3メートルほどの立派な大槍を携えている。ヘルムからは茶髪に少しあごひげが見え、気のよさそうなお兄さんといった感じだ。運の良い事に話しかけられたのは俺。門番さんとユイカちゃんの間にいる位置取りをしていたから、ユイカちゃんは半歩後ろに下がっただけで済んだ。
「はい、初めてです!魔法陣も初めて見まして」
「そりゃそうだ!この結界魔法は他の都市とは違って、世界樹のマナを直接流し込んだ特別なものだからな。隠匿魔法はさることながら、魔物や上位ドラゴン、さらにはディアブロの攻撃ですらびくともしない防御力を誇る。でもこの魔法陣最大の特徴は、通っただけで必要な情報が分かるんだ。あそこに受付が見えるだろ?そこの許可書に勝手に書かれるんだ」
そういって橋の反対側を指さす。
通っただけで判別できるなんて、元の世界よりも便利なシステムだ。これならごまかしも効かないだろうし、犯罪者やスパイなんかも入り込めない。
じゃあ…『この世界の住人じゃない俺達』はどんな風に書かれるんだろうか。滅茶苦茶不安なんだけど。
「そのおかげで盗賊や闇の魔導士も通さないで、王都アルビオンの平和が保たれてるってわけだ。まぁ百聞は一見に如かずだ。早速君たちも体験してみるといい」
そう言って、手でどうぞどうぞと促される。ユイカちゃんと目を合わせると、小さくうなずいて返してくれた。そうだね、やましいことはしてないから堂々と行こう。何かあったらその時は対処しよう。
二人同時に魔法陣に入った。眩い光に包まれるとか、体から力が抜けるとか、そんなことは何も起きない。体には全く異常がない。ただ─。
「…おぉ!?」
許可書を確認していた受付側にいる門番が叫び声に近い驚きの声をあげた。今、魔法陣に入ったのはユイカちゃんと俺のみ。絶対に何かあったよな…嫌な予感。
「ん?君達なんかしたの?」
「いや、何もしてないですよ…うん」
門番さんが俺たちを少し警戒した感じで見ると同時に重心を下げ、槍を持つ手に力が入る。すかさず戦闘予備動作に入るとは流石王都の門番。でも本当に何もしてないから信じてほしい。
受付の門番が凄い勢いで走ってこちらに向かってくる。焦ってはいるが敵意はなさそう。
「あ…あなた方…【パラディン】ですね!!」
「パラ…ディン?」
ゲームとか漫画であるジョブだね。なんか上位ジョブだったと思うけど、パラディンがどういうものか調べたことがないから実際に自分たちが言われると凄さが実感できない。
周りを歩いていた人たちはパラディンという言葉に反応してか、好奇な目でちらちら見てきている。あまり注目を集めたことがないから慣れていなくてそわそわしてしまう。
「元の意味は、中世ヨーロッパで高位騎士および役人の事を指す言葉です」
俺にだけわかるような小声でユイカちゃんがパラディンの意味を教えてくれた。博識だ!小声でもはっきりわかる澄んだユイカちゃんの声...癒される。
「パラディンだったのか!まだ若いだろうに、魔王に立ち向かうなんて勇気があるなぁ」
許可書を確認した門番さんも驚きつつ感心している。どうやらパラディンは、魔王に立ち向かう勇者的な立ち位置のようだ。じゃあ敵対することはなさそうで安心した。
「えぇ。見ての通り若輩者のパラディン故、様々な事を調べたくアルビオンに来ました」
流石ユイカちゃん。こういう時に不自然にならずに咄嗟に返せるなんて凄い!
「そっかそっか!ならまずは国王に挨拶してから行くんだな。きっと喜んでくださる」
国王に挨拶とは大ごとだ。やっぱり勇者的な立ち位置。ゲームとかでも勇者は王様にあいさつして旅に出たりするから、ある意味では一般的な事なのかもしれない。
「俺たちもパラディン派だから嬉しいよ!頑張ってくれよ!期待してるぜ!」
『パラディン派』という事はそうじゃない派もあるらしい。え?支持率とかあるの?一気に不安になったんだが。
「その…パラディン派じゃない方々も…?」
「ん?そりゃね…これだけ成果もでなかったら王都アルビオンとはいえ、期待しない人も出てくるさ。魔王による侵攻が始まって今年で300年。我々人類は、領土を取り返すどころか徐々に奪われ続けているわけで。今や人類の7割程度がユグド国民になった。【ドラゴニック】や【ウンディーネ】や【エルフ】なんかと違って、ディアブロに対して防衛しきれているとは言えないし。まぁ…なんでかは知らないがディアブロは他種族への侵攻は人類に対するほどは力を入れていないようだから、他種族の連中は対処できている感じではあるんだが。他種族の連中もなぜか協力してくれず人類を狙っているし…勝機が見えない以上、命だけは助けてもらう、代わりに領土を放棄するって気持ちは…ね」
長きに渡って何ら成果を得ることができずに心が折れて、侵攻に対して抵抗するのを諦めてしまっている。なんとなくその気持ちはわかる。先が見えないとどうしても気持ちを維持するのは厳しくなってしまう。こういう所はどこの世界だろうと同じ。
それにしても聞き慣れない単語がたくさん出てきたぞ。
『エルフ』はわかる。創作だと魔法学に優れた種族として描かれる種族だ。
『ウンディーネ』は、水を司る精霊だった、はず。ゲームで見た。
『ドラゴニック』は…ゲームの武器でそんな名前の武器があったような気がする。意味はさっぱり分からないけど、雰囲気的にドラゴンに関係ありそうな感じだね。
どれも強そうだな。多分人類より色々と優れているのだと思う。しかも協力体制にないどころか、狙ってきていると。なにが目的なのかはわからないけど、人類にとって希望が薄れていく状況に拍車をかけているのは間違いない。
これもしや、このままいけばこの種族達とも戦う羽目になるのでは?
「でも俺たちには世界樹と【守護者アルカナ】がついてる。だから─」
「アルカナ!?」
今、アルカナって言ったよね?
つい門番さんが熱く語っているのに途中で口をはさんでしまった。バッとユイカちゃんを見ると同じく驚いた表情を浮かべている。少しの間、見つめ合ってしまった。
門番さんが不思議そうな表情でこちらを見てくる。
「ん?ユグドの守護者アルカナがどうかしたかい?」
「い、いえ何でもないです!どうぞ話の続きを!どうぞどうぞ」
ユグドの守護者、か。アルビオンが安全な理由はこれか。ユグド国はアルカナの領地というわけか。確かにこれなら安全性は高い。王都だし攻め込まれることは早々ないだろう。
門番さんに連れられ城に案内されながらアルビオンの町を歩く。街の景色は凄く綺麗だ。
白と灰色で市松模様に敷かれた石畳の道。煌びやかな照明が光を放つ賑わいのある店。鮮やかな薄紅色の花をつけた街路樹が等間隔に配置されている。赤みが勝ったくすんだ茶色のレンガと木を組み合わせた造りだ。詳しくないからわからないけど、ファンタジーでよくあるヨーロッパとかにありそうな感じの家。待ちゆく人も賑やかに笑顔で生活している。
ここだけ見れば平和そのそのもので、魔王に狙われているとは到底思えないほどだ。
道の端っこでは元の世界で見るようなスイーツや軽食なんかの露店もあって、なんだか和む。肉を焼くいい匂いが鼻を刺激してきて空腹感をそそる…お腹すいた。今日はまだ何も食べていないんだ…。打ち切りのショックで朝から何も食べる気が起きなくて。後でユイカちゃんと一緒に食べに来よう。頑張って誘ってくれよ、未来の俺。
そんなことを考えていると、立派な城に到着した。
綺麗にレンガや石を組み合わせてできた白を基調とした外壁。白銀の金属で煌びやかに飾られた重厚な門。その上には、青地に星が散りばめられ、中心には白く輝く人型のようなものが描かれているユグド国の国旗らしきものが悠然と掲げられている。あの人型はアルカナだろうか?
門番さんから連絡がしてあったのかスムーズに中には入れた。物珍しそうな、好奇の眼差しとでもいうのだろうか。通りすがる人々は時々、俺達を一瞥する。でもどこかその視線は寂しく、光が失われているように暗かった。
重厚な扉が開かれ覗いた時、その迫力と壮大な雰囲気に息を飲んだ。
可憐な花柄が入った純白の白い壁が、高い天井から吊るされたシャンデリアの煌々と優しい光を反射して外の世界よりも一段と輝いて世界へと迎え入れてくれた。
入ってすぐ目の前には大階段があり、柱全てが彫刻され荘厳な雰囲気がある。階段の奥にはステンドグラスで描かれたユグド国の地図とアルカナが見え、陽の光を通し鮮やかに彩っている。豪華というわけではないが全く別の世界のような独特な雰囲気に包まれていて、圧倒されそうで緊張してきた。変にそわそわして落ち着かない。
ユイカちゃんは、慣れているのか全く緊張する素振りはなく様々な場所を観察するように見ている。上を見上げるユイカちゃんの横顔。綺麗だ…この城が霞むレベルで綺麗。少し気分が和らいだ。
「夢叶君、あれ」
指さす先は天井。見上げて確認すると天井画が一面に描かれていた。
アークに来た時に見たような空に浮かぶ大陸やおとぎ話に出てくる竜宮城みたいに海の中にある城、火山を背景に武器を構える魔物などが中心に描かれている。そして右端には神々しい光を放つ人型─おそらくアルカナ。反対側である左側には紫黒色の禍々しい闇を纏い、背中から漆黒の翼を生やした人型が描かれている。あれがおそらく魔王ルシファーなのだろう。この天井画は多分、アークの全体を表現した絵なのだろう。
芸術品の事はさっぱりだし絵画に対する知識もないけども、絵に圧倒されるという感覚を初めて理解した。美しいが息が詰まりそう。綺麗だが体の芯の部分を撫でられるようなぞわっとする感覚が襲ってくる。これが絵に引き込まれる、という感覚なのだろう。
「凄い…」
語彙力もないからこの言葉以外は出て来なかった。もう少し教養や知識があればもっと気の利いたセリフが言えるだろう、という悲しさが芽生えてきた。
「不気味ですが、一度見たら忘れることのない色彩と構図ですね。そしてこれが、この世界の縮図なのでしょう」
「そうみたいだね。多分アルカナとルシファーだよね。絵なのに動き出しそう…」
「これから私たちが立ち向かう相手…ですね」
立ち向かう相手。静かだが気迫が込められた言葉が全身を包んだ。
より一層覚悟と決意を固めたのだろう。ライトグリーンの瞳は、しばらくその絵を捉えて離さなかった。
世界の縮図。この天井絵を見上げていると本当に神を相手にするようで、異能なはずの自分たちでもちっぽけな存在に思えてくる。どんな戦いが待っているのか予想もつかないが、身が引き締まる思いだ。不安などない。絶対に勝つ。ただそれだけだ。
門番さんの後に付いていき赤絨毯の敷かれた廊下を進んでいく。
背中を見るだけでも門番さんが緊張していくのがうかがえる。数分間、沈黙が流れる中で大きな扉の前で立ち止まった。
金で装飾され鮮やかで重厚感のある扉。他の扉とは明らかに雰囲気も作りも違う。
ここが玉座の間なのだろう。
「ではご武運を」
一度頭を下げた門番さんが扉を開けた。手で軽く促してくれたので中に入る。
深紅のカーペットが直線に敷かれ、その両サイドには槍や剣を持った兵士が10人ずつ並んでいるその奥、男性が一人、玉座に鎮座している。
白い服の上に金が装飾された赤いマントを羽織り、微笑みながらまっすぐ俺たちを見ていた。ひげを蓄えていて、年は40中盤くらいか。様々な困難に立ち向かってきたのか貫禄が漏れ出ているがその微笑みには陰りが見え、少しどんよりとした空気を漂わせている。
その張り詰めたような空気感も相まって、視線が集中する中で一歩入った瞬間から廊下と玉座の間で場の重さが変わったような、全く別の空間となったように感じた。
王族との初めての邂逅が異世界になるとはつくづく変な人生だ、なんて場の雰囲気に飲み込まれないようにおかしなことを考えながら歩みを進め、玉座の少し前まで来て、跪く。
「よく来てくれたユート・オモカゲ、ユイカ・ホシモリよ。ようこそ、ユグド国王都アルビオンへ!私が国王のアルベール・リューク・ユグドラシルだ」
「王宮にお招きいただき恐悦至極に存じます、アルベール王」
「こちらこそ歓迎するぞ、パラディン・ユイカ」
パラディン・ユイカ…なんてカッコいい響きなんだ!
ガーゴイルと戦っている姿や今の所作を見たら、聖騎士を意味するパラディンという称号がいかに相応しいかわかる。アニメや漫画に登場する英雄の立ち振る舞い。こんなにもカッコいい姿は一生忘れない。写真撮って額縁に入れて部屋に飾りたい。家の家宝にする。
片膝をついて頭を下げる姿が本物の騎士みたいな振る舞いで見惚れたくなる。人前じゃなければじっくり見れるのに、今は横目でチラチラ見るのが限界だよ。
「堅苦しい挨拶はやめにして本題であり、本心の話をしたい」
深く息を一つ吐き出す。相変わらず表情は曇ったまま。決して良い話ではなさそうだ。
「私たちユグドの民は、君達パラディンに対して希望を持っていない」
薄々そうかもしれないとは感じていたけど、こうもはっきり王様から直接言い切られると少しショックだ。
「信じられないだろうが昔は、パラディンがユグドを訪れただけで国を挙げて盛大に歓迎したものだ。自分の宿や店に来てほしい、私の赤ん坊を抱っこしてくれ…英雄を迎え入れる活気があった。王家だけではなく国を挙げて支援したものだ。…だが、今はどうだろう。君たちが魔法陣でパラディンだと知られた時、多少の驚きはあれど好奇の眼差しを向けてくるだけで、声はかけられなかったんじゃないかい?」
「…おっしゃる通りです」
確かに一瞥はされたが期待しているという感じではなかった。物珍しいと感じているだけ。期待や希望などのポジティブな感情はない。
世界を蹂躙し人類の脅威となっている魔王ルシファーに対して勇ましく立ち向かう者は勇者、英雄、革命児なんて呼ばれる存在になってもおかしくない。称賛される反面、全ての人から夢を託され、押しつぶされそうな期待と希望という目には見えない重圧を背負い続けなくてはいけない。大いなる力には責任が伴う。
当然なことだが、俺たち以外の全てのパラディンはその期待に沿えずに終わった。
「1つ話をしよう。様々な種族で協力し【七つの聖剣】の力を使い、魔王ルシファーを最果てに封じ込めて、その封印を解こうとするディアブロからの侵略に抵抗して300年経った今の現状を」
まだ前置きなのに、初めて聞く情報が沢山生えてきた。
『魔王ルシファーは聖剣の力によって最果てに封じ込められている』、『封じ込めるための聖剣が7つある』、『ディアブロがルシファーを開放するために人類へ侵略行動をしている』。実にファンタジーチックな世界観にワクワクしてきた。
「アルカナが施したとされる古の魔法陣によって国民と王都アルビオンを含む多くの都市は守られ続けているが…世界樹から流れるマナの量が減ってきた影響で魔法陣が弱まってきている。私含め…全国民が不安を抱えている。君たちのようなパラディンが何人もユグド国を訪れ、『我こそが魔王を討ち果たし、アークに安寧を呼び戻そう!』…高らかに宣言していった。その度に我々はこの魔王からの支配から解放されるのではないかと、淡い期待を胸に歓喜の声を上げた。だが全員が…命を散らせた。何度挑もうと何をしようと何も変わることはなかった。いつしか…パラディンに夢を抱けなくなってしまった」
悲しげにそして思い出に浸るように上を見ながらしみじみ告げる。悔しさや無念。言葉で言い表すことのできない思いが山のようにあるのだろう。手を固く握り、震わせている。
抑圧され続ける世界で、希望となるべき存在が幾度も挑み、それでも何も変わらなければ希望や期待を抱き続けるのは仕方がない気がする。察するに余りある。
「ついには先々代の王…私の祖父の代からパラディンに対して、王室は支援を行うことは一切なくなった。ユグド国民の多くはパラディン派であったが支援には否定的な意見が増えてきてな…王家内でも支持者はめっきり減った。諦めてしまったのだよ…平和を」
酷く悲しそうな瞳は、光が薄れているようにも感じた。周りの表情が見えない騎士たちも王の悲しみに共鳴するように、陰鬱な雰囲気が増した。少しうつむき加減になり、ヘルムの隙間から唇を噛み締めているのが見えた。
「そんな我々にできる支援はただ1つ。アルビオンへの滞在を、許可するのみ」
でも王の目には確かにまだ光が宿っている。薄れているけど消えてはいない。俺はこの目を知っている。自分も体験したから。
「それさえあれば十分です。特別な支援は望んでいません」
俺は立ち上がり、アルベール王の目をまっすぐ見た。ユイカちゃんも立ち上がり俺をじっと見ている。可愛い。別にたいしたことを言うつもりはないので、そんなにもまじまじと見つめられるとめっちゃ緊張するんだ。
でも…今のままでは救えるものも救えない。その流れを変える。
「僕たちが実力を示せば、皆さんの希望になれます」
目を見れば相手の本気具合が分かる、という話を聞いたことがある。俺の気迫が伝わったのか、目を見開いて静かに息を漏らすアルベール王。震えていた手が止まった。希望は持てないと言いつつも諦めきれない、そんな思いが感じられた。
俺には読心術があるわけではない。自分が体験したからわかるだけ。幾多の敵と相まみえてきて、諦めきれない人の感情を何度も目の当たりにしてきた。自分ではどうしようもない事もあった。もうあんな思いを誰かにさせたくない。
「僕たちは大切な人のために、絶対に勝たなければいけない。勝たなければ救いたものが救えません。命を懸けて魔王ルシファーやディアブロへ立ち向かいます!英雄のように全ての想いを背負い、寄り添うという事はできませんし、皆さんも今の僕達には何も期待をしないでしょう。でも、勝ち続けて成果を出し続ければ、夢と希望を与えられます!まだ世界は変えられませんが、皆さんの心を少しだけ変えてみせます。見守っていただけたら幸いです」
言い終わり、深く一礼。
『大いなる力には大いなる責任が伴う』、『ノブレス・オブリージュ』という言葉があるように、異能ある俺たちにはその責任が生じるのかもしれない。全てに寄り添えるわけではない。でも、見てもらう事で救えるものはある。できる事は全力を尽くす。ユイカちゃんとその大切な人のため、この世界のため、自分のために。
「ありがとう…パラディンよ」
アルベール王は目頭を押さえていた。周囲の騎士は反応が薄いが御の字だ。
チラッとユイカちゃんを見てみると、少し口角を上げて微笑んでいる。かわいい!
「そのためにも、お伺いしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「私の答えられることならば」
「ありがとうございます。魔王ルシファーが封じられている【最果て】とは、どこにあるのですか?」
「それは、私にはわからないんだ。魔王についての書物はほとんど残されていない上に、すぐにディアブロの侵攻があり、頻繁に情報が入ってくる環境ではなかったのだ。数少ない手元にある情報を全て教えたいのは山々だが…今の君たちに教えてしまうことはできない」
申し訳なそうな表情を浮かべた。個人的には教えてもいいと思ってくれているのだろうが、周囲で見守っている番兵や騎士の視線は厳しい。信用の無さがひしひしと伝わってくる。現状で信頼度がないし、教えてもらえないのは仕方がない。当然と言ってもいい。
「いえいえ大丈夫です!信頼、信用は行動で高めてみせますから。是非その時に。じゃあ他種族からも狙われている理由はなんですか?協力すればいいのに」
「それは…複数の事情が絡み合っているから詳しくは言えないが…『宝の持ち腐れ』とでも表するべきなのかもしれない」
『宝の持ち腐れ』─その言葉とアルベール王の寂し気で申し訳なさそうな表情が印象的だった。きっとこの言葉は直接言われたのだろう。
人生なんて順調な方が少ないのだ。これからどうやってたどり着けばいいのか道のりは見えないが、信頼を高めつつ地道に探していけばきっと光明が見えてくるだろう。
そう信じて前に進むしかない。
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