第2話 推しと知る、世界の真実と今の現実
『夢じゃないよ』
突如横から聞こえてきた声の方を向くと、人型の光が立っていた。顔は分からない…いや、ないはずなのに、ニヤリっと不敵に笑っているのがはっきりとわかる。背筋に寒気が走る。直感的に、この正体不明の“何か”には何も通じないと悟った。
「「だれ?」」
ユイカちゃんと声が重なった!言うタイミングが同じだなんて嬉しい。
だがそんな事はお構いなしに“それ”は疑問に答えてきた。
『神みたいなもの』
返ってきたのは途方もない答え。だが、それは冗談でも何でもない真実なのだと本能が感じていた。今、目の前にいるのは人知を超えた存在。現に目を離せないし、一歩も動けない。
「神みたいなもの?」
『そう!君たちの世界に存在する言葉で表すなら『神』という言葉が適切だろうね。少し定義からは外れているから”みたいものさ”。いやぁーこうやって人間と話すのは初めてだぁ!』
相変わらず不敵に笑う。でもこれが本当に神ならば聞きたいことは山のようにある。
『いいよ、聞いてもらって。答えられることは何でも答えてあげる。僕の事はそうだな…【アルカナ】、とでも呼んでくれ。神と呼ばれるよりも好きだ』
まだ口にすら出していない俺の心に浮かんだだけの疑問を先回りして答えた。すべて見透かされてるってわけか。本当に何も通じそうにない。なら疑問をぶつけるしかない。
「これは夢じゃないの?」
『夢じゃない。現実だよ』
「…本当に?」
『うん。本当だよ』
「………じゃあユイカちゃんは本物!!?」
一番気になる事。それは、目の前にいるユイカちゃんの事だ。これが現実であるという事は、俺の目に前にいる最高にカッコよくて可愛くて魅力的な人は正真正銘の星守ユイカ。
ちらりと視線を送れば、綺麗なライトグリーンの瞳とぶつかる。心臓がけたたましい音を奏で、時が止まった。視界からユイカちゃん以外が消失。
「はわぁっ…!!!!!」
止まっていた時が、急激に動き出す。たまらなく嬉しくて制御できなくなった感情で涙があふれ出て、頬を伝って地面へと零れ落ちる。我慢しようにも嗚咽は止められず。涙で歪む視界の先で俺を見つめているユイカちゃんの姿が見えていた。緊張で足が震える。
今、俺は推しと対面している。こんな夢のようなことが現実?鼓動が加速していく。熱い。
『泣いている所で申し訳ないが、まずは君たちの状況について話をしたい。いいかな?』
「どうぞ」
泣いて何も言えない俺に変わりユイカちゃんが諭す。
『お願いがあって、君たちをこの世界に召喚した。世界に存在する神…僕じゃないよ?他の神ね。名前を【ルーラー】。それの化身を倒して、世界を救ってもらいたい』
大切そうな話だから仕方なくユイカちゃんから視線を逸らして聞いたが、楽し気な笑顔で告げられた事は随分と大それたことで、どこか現実味がなく遠い世界の話のよう。
「世界を救う?この世界と俺たちに何か関わりがあるの?」
『あ、ごめん、ごめん。言葉足らずだった。救われるのは君たちの世界もだよ。もし相手に負けたら君たちの世界は【消滅】する』
あっさりと告げられた事に言葉が止まる。消滅?消えてなくなる?なんで?疑問と共に、『消滅』という言葉が頭の中を何度も駆け巡っている。
『君たちの世界はルーラーによって消滅させられる直前だった。でも僕が抵抗したことで、神々の戦い─【ラグナロク】が起こった。敵対する世界を消滅させると神としての力が強まる。力が欲しいルーラーが狙ったのが、敵対関係である僕が管理する君たちの世界と言うわけだ。簡単に言えば権力争い。理不尽だよね。でも悪く思わないで。こっちは神だからさ』
表情はわかないが声色からは申し訳なさそうな感じは伝わってくる。でも本当に理不尽だ。俺はただ推しとの別れを悲しんでいただけだし、ユイカちゃんユイカちゃんの人生があっただろうに。悔しいけど人間と神では力関係を比べることもできない。
『今回の【ラグナロク】のルール。ルーラーが作り出した世界に、僕が選んだ人間を送り込み、ルーラーの化身である【魔王ルシファー】を倒す事が出来れば僕の勝ち。魔王が勝てばルーラーの勝ち。化身の魔王相手なら君たち人間でも決して勝てない相手ではない。むしろ、僕は必ず勝てると思っているよ。それと先に行っておくけど僕もルーラーもこの世界ではほとんど干渉できない。君たちの想像する神とは違って、全知全能ではない』
満足したように小さく頷くユイカちゃん。真剣な眼差しは少し何かを考えているようだった。もう覚悟を決めて前を見てる。絶対にそれなりの葛藤や思うことがあるだろうに、一切表に出さない。かっこいい!同い年とは思えない。
でもこのままジッとなどしていられない。俺も覚悟を決めよう。
「なんで俺たちが選ばれたの?」
『適任だから。他にも理由はあるけども…自分の胸に聞けばわかる事じゃないかな』
「………」
含みのあるような言い方と不敵な笑み。
でもわかってるさ。なんとなく選ばれた理由は。要因には心当たりがある。きっとあの世界から一人選ぶとしたら『俺ではあっただろうから』。神にとって使い勝手もいいだろうし。
それはそれとしてどうしても聞きたいことがある。
「俺とユイ…星守さんは…漫画のキャラなの?」
生きてきた世界の真実を知りたい。世界を救うのに漫画のキャラかなんてどうでもいいかもしれない。でも、この気持ちを晴らしておきたかった。一つの謎も残したくない。
これが夢じゃなく現実なら俺は気安くユイカちゃんとか言ってはいけない。直前に言いかけたけどなんとか回避できた…あぶねぇ~。さっきから何度も“ユイカちゃん”と言ってしまった事は後で誠心誠意謝ろう。
『漫画の登場人物ではあるけど、キャラクターではない。いいことを教えてあげよう。世界の真実の一つを』
不敵な笑みをより一層深めたのが分かった。表情が読めないのに伝わってくるこの感覚は相変わらず気持ちが悪い。しかし俺たちはいったいどんな真実を、言葉を聞かされるのか。不安で自然と手に力が入る。
『想像、妄想、空想、予想、睡眠中に見ていた夢。君たち人間の頭の中で浮かぶものはすべて真実であり夢物語じゃない。すべて実際に存在する世界の光景や理が見えている。君たちがいる世界の光景もあれば、別の世界の光景もある。必ずどこかの世界の起きていることだ。漫画、アニメ、小説、おとぎ話、音楽、絵画、神話…その全てはまごうことなき存在する【真実】なのだ。そういう意味では、存在しない事象はこの世にないのかもしれない』
全て実際に存在する?確かに俺の世界は存在するし、ユイカちゃんがこうやって目の前にいる以上はその世界も存在するだろう。おとぎ話や神話、漫画や夕方にやっているアニメも全て存在する。別の世界または元の世界での本当の出来事として。
あまりにも漠然とした話で実感がわかず、普通ならどこか信じられないことだがしかし今、目の前にユイカちゃんが存在している。ずっと漫画の中でしか見る事の出来なかった大好きな人が現実として存在しているのだ。それが何よりもアルカナの言っている事の証明であり、真実である。
『想像力が豊かという言葉があるがあれは文字通り見えている世界が違うということだ。自覚はないし知りえないことだがね。君たちの世界を見た人間が漫画を描き、そして君たちの目に触れた。だから互いを漫画のキャラクターだと認識した。ついでにこの世界に関する想像をしても、それはこの世界のものではない。この世界に平行世界はないからね。ルーラーが作らなかったから。いうなれば今、君たちが立っているこの瞬間がこの世界の最先端だ』
身振り手振りを交えつつなぜか嬉しそうに話すアルカナ。
さっきから非現実的なことばかりで心が追い付かない。そして今そんな非現実的なことのど真ん中にいることが酷く恐ろしく感じてきた。まぁそれ以上にユイカちゃんとこの場に入れる事に喜びを感じてしまっているのだが。
でもだからこそ、もう一つ聞かなければならないことがある。返答次第では神であろうと許されない質問。ユイカちゃんは『男嫌い』だ。俺がいるということはユイカちゃんにとっては苦痛のはず。
「ならなんで“俺”なの?星守さんが男嫌いなの知ってるよね。男の俺と行動するなんて、彼女を傷つけるだけだ。それに世界を救っている間、星守さんは天上院さんや友達とも会えない。寂しい思いをさせてしまう…。そんな辛い思いを星守さんに味わわせる必要があるの?答えてくれ…腑抜けた理由なら、たとえ神だろうと許さない!!!」
相手は神だ。楯突いたら、その気になれば俺などひとたまりもないだろう。でも許せない。別の候補だっていたはずだ。俺はどうでもいい。家族はいないし友達と会えないのは寂しいけど、どうってことはない。一緒にいられるのは嬉しいけど、ユイカちゃんに精神的ストレスを与えたくない。一瞬たりとも辛い思いを味わってほしくない。
しかしその言葉を聞いてもアルカナの余裕綽々な表情は一切崩れない。
「面影君…」
『君は本当に彼女が好きだね。いやはや良いものを見せてもらった。一つずつ答えよう。まず、君は精神的負担にはならない。詳しくは…彼女に直接聞くといい』
余裕の笑みを浮かべ、ユイカちゃんの方を指さす。
精神的負担にならないって本当かアルカナ!?怖くて見れないんだけど!普通に拒否されたらどうしよう…不安で心臓が押しつぶされそう。油が切れた機械仕掛け人形みたいにギギギっと音を立てるように恐る恐るユイカちゃんの方を向く。
「…」
薄っすら頬を染めたユイカちゃんがアルカナを無言で睨んでいた。眉間にしわが寄っている。可愛い。こっちは見てくれないけど横顔がまた美しい。ご尊顔とはこのこと。
「面影君、そのことは後でゆっくり話しますが、とりあえず…心配はいりません」
「ふ、ふひゃいっ!」
緊張して声が裏返ったし、変な言葉になったけどセーフ。アウトよりのセーフ。ユイカちゃんに声かけられなんて嬉しすぎる。じいちゃん、ばぁちゃん…俺の夢、叶ったよ。
『じゃあ次。他に候補はいなかった。君たちでなくてはいけなかった。他の選択肢はありえない。それとこれから魔王に近づくにつれて、元いた世界から人を連れてくることができる』
「本当!?」
『うん。でもだいぶ先の話だし、その人間はとある町からは出られないけどね』
「そこは後で詳しく聞くけど、でもあれだよね、近づくにつれてっての基準が分からないし、なんで近づけば人が来るのかもわからないよね。なんで?」
『基準は教えられない。そしてなんで増えるかは、まぁ…一種の報酬とでも思って。詳細は省くよ。神の都合だから君たち人間には理解できないルールだろうからね』
不敵に笑っているのがなんとも信用ならないが、信じる以外に選択肢はない。噓をつくメリットが思いつかないし。いや俺たち人間の想像、妄想、創作物が全て現実の話ならこんな話は沢山ある。暇つぶしで弄んでるだけとか、何かの実験とかそんな可能性もあるわけだ。
『まずは疑うのはいいことだ。いきなり全面的に信じるなんて不可能だからね。最初から完全に信頼されるなんて思ってないからさ。弄んだりはしてないよ、とだけは言っておこう。でも君たちが思っている通り、半信半疑だろうと今は僕を信じること以外の選択肢はない』
「そうですね」
ユイカちゃんが冷静に返答する。かっこいい。
でも本当に俺はユイカちゃんの精神的ストレスにならないだろうか。心配しなくてもいいとは言いうものの怖くて仕方がない。ユイカちゃんから拒否されたら俺は…うぅ、考えたくない。そういうことはオブラートに包まないタイプだから、怖い!
「では先ほどのこの世界に追加で連れて来られる人の事ですが、これは選べますか?」
『勿論。君たち二人に選ぶ権利がある』
「たとえば、その方がこちらの世界に来てから私たちが負けた場合はどうなりますか?」
『良いこと聞くね。残念ながら消滅する。簡単に言えば、君たちの魂は元いた世界と紐づけされている状態だ。君たちが負ければあちらの世界は消滅するし、世界が消滅すれば紐づけされている全員が消滅する。どこの世界にいてもね』
「そう、ですか…」
かなり残念そうな表情を浮かべるユイカちゃん。きっと天上院さんをこの世界に連れてきて、いざという時にはこの世界で生きてもらおうとしていたんだろうね。自分がダメでも大切な人を守ろうとした、優しい子だよ。そういうところも好き。でもそんな事をしたら、ユイカちゃんの事を大切にしている天上院さんが怒るだろうな。きっとお仕置きだよ。守れなかった俺も恨まれるだろうな…一瞬、怒った表情の天上院さんが浮かんだけど怖すぎる。
「連れて来られた人はある町から出られないとは?」
『文字通りさ。町全体がその人専用のバリアみたいなのに囲まれていると思ってくれればいい。君たちは町を好きに出入りして命をかけて戦ってもらうけど、追加された人たちはあくまでも“観戦者”だ。物理的な大きな影響を与えないようにされてる』
「その街にいて、呼ばれた方々は安全なんですか?」
『絶対に安全だよ。傷つけられないようにもなってるし。君たちが負けなければ、ね』
「絶対に安全なんですね。お嬢様は安全に過ごせるんですね」
『うん。その点は安心して!』
やっぱり天上院さんの事だった。
エレクトロン・アカデミーの中でかけがえのない存在であることは何度も示唆されていたけど、いざ目の前でその想いを目の当たりにすると胸が熱くなる。
今、俺は推しの友情をこの目で見ている。漫画でしか見る事がないと思っていた、見たかった想いを。胸を締め付けられるくらい感動して、涙腺を刺激する。泣きそう、と思っている間にはもう涙がこぼれていた。漫画でしか見ることがなかった瞬間を実際に目の当たりにできて、なんとも不思議な感覚ではある。
ユイカちゃんの心底ほっとしている顔が可愛くて綺麗だ。
対してアルカナの笑顔は少し怖い。感情がまるで読めない。
自慢だけど表情から感情を読み取る能力、感情察知能力には自信がある。ちょっと色々な体験をしてきたせいか自然と身に付いた。人には通じるけどやはり神には一切通じない。神と言われる上位存在の感情を読もうとすること自体、間違っているのかもしれない。
「連れて来られる人数は?」
『1人1回。でも片方が権利を放棄すれば二人連れて来られる、よ?よよよ?』
そうお茶らけながら俺をちらっと見るアルカナ。考えが全て見透かされている以上は答えなんてわかっているだろうに。いい性格をしてるよ。まぁ神話の神もそうだったけどさ。
「俺には誰もいないから、星守さんにその権利を譲渡します」
「面影君…」
多分ユイカちゃんは俺の家庭事情を分かっているんだろう。喜びはあるけれど少し悲しそうな目でこちらを見る。あぁ君がそんな顔しなくてもいいのに。俺なんかのために悲しんでくれるなんて、本当に優しい子だ。
『その譲渡を認める。そういうことで、先に進めれば君が望む人を2人連れて来られる』
「わかりました。面影君、ありがとうございます」
少し微笑んだその顔は世界で見るどんな景色よりも美しかった。めっちゃ可愛い!!少しだけあったシリアスムードなんて吹き飛んだ。ユイカちゃんが俺に笑顔を!?ハートを撃ち抜かれるとはこのこと。ドキドキが止まらない!大好きだ…今、俺は好きに打ちひしがれている。この笑顔は最高に可愛い。国宝どころか世界遺産にするべきだ。
そして刻一刻と話が進んでいく中である思いがより一層強くなる。今更どうすることもできない、複雑な思い。
「その…星守さん」
「…何ですか?」
一瞬だけむっとした表情を浮かべたユイカちゃん。俺何かしてしまった?やっちゃった系ですか?無双系主人公みたいな無自覚に何かしてしまった感じ?
不安を一旦置いておくとして、俺は自分の思いを伝えようと言葉を出す。
「俺は星守さんには…その…」
「私の心配は無用です。私だって…同じようなこと思っているんですよ」
「えっ」
俺がユイカちゃんに思っていることが、もし同じ思いだとするのならば。
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