第2話「初めの一歩」
放課後の青い人工芝。
緋色は金網のフェンス越しに、部員たちの練習をじっと眺めていた。
金網を叩く春風、散水で湿った人工芝の匂い、選手たちが駆け回る足音と小さな水しぶき――
すべてが新鮮で、胸が高鳴る。
でも、一歩を踏み出す勇気がなかなか出ない。
「見てるだけなんて、もったいないよ」
振り返ると、椎名 美智(しいな みち)先生の優しい笑顔があった。
顧問の先生は、緋色の迷いを見透かしているみたいだった。
「先生…僕、ホッケーのことよくわからないし」
「大丈夫。みんな最初はそうだったから。まずは触ってみることから始めよう」
みち先生に背中を押され、緋色はゆっくりと人工芝に足を踏み入れた。
人工芝の感触が新しく、心臓の音が聞こえそうなくらい緊張している。
「おお、新入生か!」
3年生のキャプテン・長瀬 誠(ながせ まこと)が満面の笑みで駆け寄ってきた。
背が高くて、優しそうな目をしている。
「俺、キャプテンの長瀬 誠。男子は部員が少ないから、来てくれて嬉しいよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
緋色が深々と頭を下げると、誠は嬉しそうに笑った。
「かてぇなぁ! もっと気楽にいこうぜ」
岡山弁の明るい声が響く。
2年生エースの朝比奈 照(あさひな てる)がドリブルしながら近づいてきた。
スピードとパワーにあふれた動きに、緋色は目を奪われる。
「俺がこのチームのエースじゃあ!」
照の挑発的な笑顔に、緋色は思わず笑ってしまった。
この人はきっと、すごく面白い先輩なんだろう。
「照 先輩、また自分でエースって言ってる」
くすくすと笑いながら現れたのは、1年生のGK・福士 蒼(ふくし あお)だった。
背が高くて、落ち着いた雰囲気がある。
「福士 蒼です。君と同じ1年生。一緒にやろうよ!」
蒼の穏やかな笑顔に、緋色の緊張がほぐれていく。
同級生がいるだけで、こんなに心強いなんて。
「それじゃあ、まずはスティックを握ってみよう」
みち先生がスティックを手渡してくれた。
スティックの感触が手のひらに馴染んで、不思議と安心感がある。
「持ち方はこうで、ボールに当てるのはこっちの面だけ。最初は難しいけれど、慣れれば大丈夫よ」
みち先生の指導を受けながら、緋色は恐る恐るスティックを構えた。
思っていたより重くて、どこに力を入れていいか分からない。
「最初は、ボールをトラップするところから。落ち着いて、ボールを受け止めるだけでいいよ」
誠がゆっくりとボールを転がしてくれる。
緋色は祈るような気持ちでスティックを構えた。
コツン。
ボールがスティックに当たって、あらぬ方向に弾んでしまった。
「あ、すみません」
「大丈夫、大丈夫。最初はそんなもんじゃ。俺も最初は全然できんかった」
照が励ましてくれる。
緋色は深呼吸して、もう一度構えた。
今度は、そっとスティックでボールを受け止める。
「ナイス! 上手いじゃん」
蒼が手を叩いて喜んでくれた。
たったそれだけのことなのに、胸がじんわりと温かくなる。
「次は、プッシュパスをやってみよう」
みち先生の指導で、緋色は恐る恐るボールを押し出した。
シュッと音を立てて、ボールが蒼の方へ転がっていく。
「おお、センスあるじゃないか」
誠が嬉しそうに声をかけてくれた。
その言葉に、緋色の心に小さな自信が芽生える。
練習の最後、みち先生が言った。
「緋色くん、よかったら明日も来てみない? まだまだ教えたいことがたくさんあるの」
緋色は迷わず答えた。
「はい! お願いします」
その時、フェンスの向こうから例の少女が手を振っているのが見えた。
彼女の笑顔が、夕日に照らされてキラキラと輝いている。
――この一歩が、緋色をどこへ導くのか?
青い人工芝に残った小さな足跡が、新しい日々の始まりを告げていた。
――――――――
あとがき
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
緋色がホッケー部に一歩踏み出し、誠・照・蒼といった仲間たちと出会いました。
まだまだ不安だらけですが、この小さな一歩が彼を大きく成長させていきます。
「このキャラが気になった!」「このシーンが良かった!」など、感想をいただけると励みになります。
次回もぜひお楽しみに!
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