野戦演習とパイナップル

 野戦演習の朝は早い……。

 きょうは王国軍との合同訓練が行われている。野外に天幕を設置して軍本部とし、西から強力な魔族が王都目指して攻め上っている、という設定で行われる、年に一度の大規模な訓練だ。


 朝こっぱやくから起きて天幕を建てたり演習用の地図を睨んでピンを刺したり、調教の済んだ軍馬を連れてきたり、となかなか忙しくて大変だ。


 魔族との戦闘において、軍馬というものは基本的になんの戦力にもならない。人間同士の大軍での激突であれば巨大な軍馬で突っ込んでいって敵を蹴散らす、ということもできるが、魔族は個体の戦闘力が高いので軍馬で突っ込んでも大したダメージを与えられないし、なにより軍馬に魔法をかけられて暴走する懸念がある。

 なので対魔族戦であれば、王都騎士団は戦地で馬を降りて、重装歩兵として戦う。特に砦を落とす、みたいなときは、馬は安全なところに繋いでおくのが普通だ。


 そういうわけでわたしの愛馬も、訓練地から少し離れたところに繋いである。騎士は移動に馬を使うものだから、わざわざ出番のない馬で来たのだ。馬がかわいそうだ。

 王都から西に出た平原で、野戦演習は行われていた。

 王国軍はお得意の歩兵による密集陣形をとり、槍衾で攻める。その両翼を騎士団が重装歩兵として固めるのがいつものやり方だ。

 しかし暑い、もう秋だというのに暑い。鎧用の全身を覆う下着がジットリと汗で湿っている。あとで風呂に入らねばならない。


 武器をかかげてしばし大声を出す練習をし、乱れなく歩けるように鍛える。これが実戦でどれくらい有効なのかはちょっとよく分からない。


 この野戦演習は、王都の周りに出る魔族の駆逐も兼ねている。ただ毎年決まった時期にやるので、たいていの賢い魔族はもう王都の周りから逃げ出している。

 きょうはあまり賢くなさそうなゴブリンを一体やっつけただけで野戦演習は終わった。これで近々予定されている西方への遠征も、統率をとって進めることだろう。


「国王陛下からのお言葉を預かっている」


 訓練が終わって、さっさと風呂に入りたいのを我慢しながら、将軍閣下のお言葉を聞く。まあ学校の先生の長いお話のようなもので、肝心の国王陛下のお言葉というのは実に短い。


「……であるからにして、国王陛下はこう仰られた。次の春には西への遠征を開始すると」


 ほーん。

 そういう感じで聞き流そうと思ったが、次の春には西への遠征を開始する、という大事な話題が聞こえた気がしたので小姑……いや将軍閣下のお言葉に集中する。


「我々は国王陛下の信頼する王国の兵! 魔族に奪われた王国の領土と宝物を取り返さねばならない!」


 将軍閣下は士気を上げようとして言っているようだったが、王国軍と騎士団は完全に「それって将軍閣下の意見であって国王陛下のお言葉ではありませんよね」の態度になっている。


「な、なんだお前たち。その逆らいの目つきは」


 だれかが将軍閣下を睨んだらしい。


「ええい。私の言葉など聞く気はないということだな。うぬぬぬ……! 豪勢な昼飯を用意してある! たんと食え!」


 そこでようやく王国軍と騎士団は「ウオオー!!!!」と叫びを上げた。


 ◇◇◇◇


 将軍閣下が用意してくださった豪勢な昼ごはんは、なんとバーベキューと高価な果物であった。

 まずはじっくりと牛タンを焼く。香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、ヨダレがわいてくる。


「団長、顔が食べる前から緩んでます」


 ダグラスに指摘された。悔しいので「仕方なかろう、ほらそっちの牛タンが焼けているぞ!」と言ってやる。


「別に教えてもらわなくてもわかりますよ」


 なんて可愛げのないやつだ。

 せっかく弟分として可愛がってやっているのに。

 焼けた牛タンをモグモグと食べる。うまい。こんなにうまいものは久々に食べたレベルのうまさ。ビールを煽りつつ牛タンを、脂の乗った牛肉やホルモンを、なるべくたくさん食べようとモグモグと食べる。とてつもなくおいしい!!


 たぶん騎士団と王国軍で牛まるまる2頭くらいは肉になっているのだよなあと考えて、命に感謝しなければ……と騎士道精神を発揮しつつ、残すことがないよう次々と肉を焼いていく。

 王国軍のみんなもおいしいおいしいと食べている。王国軍は志願制で、みな身分はなくとも王国に仕えようと頑張っている。貴族の家の人間が多い騎士団とはまた違うタイプの士気の高さだ。


 焼肉をモグモグしつつ、これはビールよりご飯がいいな……などと考える。この肉でご飯を包んで口に入れたらどれだけおいしいだろうか。


 おっと、肉で満腹になってはいけない。果物だってあるのだ。まずはスイカを切ったやつにガブリと噛み付く。汁気があってじゅわっとうまい。甘さは控えめだが疲れた体に果汁が染みる。


 続いて南方の公爵領からのお取り寄せグルメだという、黄色くて櫛形に切られた、みたことのない果物を恐る恐る食べる。

 これはおいしい。ちょっと酸味が強くて舌になにか刺さる感じがあるが、甘さも充分で爽やかな味わいだ。


 ……もしかしてこの果物、肉と一緒に食べたらうまいのでは?

 いやまて、せっかくのおいしい肉と、せっかくのお取り寄せの果物。一緒に食べて、もしまずかったらもったいない。ぐっと実験したい気持ちをこらえる。

 これ、豚肉を酢のソースで味付けした料理に入れたら確実においしいと思う。まあ好みは分かれそうではあるが。


「団長、もう果物食べてるんですか? まだ肉はありますよ?」


 ダグラスが心配そうな顔をしている。


「もういいのだ。果物もうまいぞ」


「げっ。団長が肉をほどほどでやめた。あしたは雪だ」


「可愛くないやつだな〜!!!!」


 口を尖らせてみる。ダグラスは「タコだ」と言っている。可愛くないやつだな〜!!!!


「本当にうまいんだ、この果物。食べてみろ」


「いいですよ。男は酒を飲みながら果物を食べるなんて恥ずかしいことはしません」


「なんで果物をアテにして酒を飲むのが恥ずかしいことだと思うんだ? わたしの親戚にはカステラで酒を飲む御仁がいるぞ?」


「それは変態と言うのだ、姫騎士ジェイド」


 唐突に将軍閣下が現れた。びしっと敬礼する。


「将軍閣下。この黄色い果物、たいへんに美味ですね」


「そりゃそうだ。高かったからな」


 高いのか。ありがたみなど感じず当たり前に食べていた。将軍閣下によるとこの果物は肉料理に混ぜると肉が柔らかくなっておいしくなるのだという。

 やはりわたしの直感は当たっていた。あとこの果物はビールよりウィスキーのほうが合うのではないか、と言うと「それはたしかに」と言われた。


「よおし。みんな、じゃんじゃん食え! 王国軍のみなさんも遠慮せず食べてくださいまし!」


「ひとかたまりのセリフに騎士と姫を同居できる、お前こそ真の姫騎士だな、ジェイド……」


 将軍閣下の呆れ顔。明日からも訓練はつづく。

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