第2話 ヤバイ家庭に生まれて、ヤバイ女神と出会います
「あぁ、この世なんて、この世の男なんて、みんな死ねばいいのに」
お母様が呪詛と涎と吐瀉物を口から垂れ流しながらだった。
あばら屋の陽の差さないダイニング。
食い散らかされた料理と、転がる酒の瓶。
腐敗臭とタバコ的な娯楽嗜好品の匂いが混ざり合い、鼻を責め立てる。
それから、おそらくこの世界で男女が性行為をするときに焚く、香の匂い。
私はお母様の目に止まらないように慎重に近づきながら、何か食べれそうなものを探していたときだった。
「ああ!!あなただけよ、テネーカトロ。あなただけが私の希望!!」
やばい、始まったよ。
見つかってしまったし、始まってしまった。
お母様が食卓の上の酒瓶を倒しながら起き上がる。
「あなたは私のことを捨てないし、否定しないし、ずっと一緒よね?私がイラつくようなこともしないよね?良い子だもんね?」
「うん。そうだよ、お母様。ずっと一緒。だ〜いすき」
「、、、ねぇ、テネー。あなた、お母さんのご機嫌を取ろうとしてるんじゃないよね?いつからそんな嘘をつけるようになったの?あの男に教わったの?」
はい、袋小路。
高速道路に意気揚々と乗った瞬間に、「落石でーす」的な感じですぐに降ろされたみたいになっちゃったよ。
それに下道も大渋滞。
「ち、ちがうよ、お母様、僕は、お母様のこと大好きだよ、本当だよ?信じて?』
「その、本当だよ、って付け足しいる?そんなことあえて言う必要ある?ないよね?」
えぇ。
すごい細かいじゃん。
出版社の校正とかしてました?文章への拘り、もはや文豪級なんだが。
お母様ががたりと椅子から立ち上がり、こちらに這い寄るように近づいてくる。
それだけで、私は、5歳児の脆弱な心は、竦み上がる。
「ご、、、ごめんなさい、、、!!お母様!!」
それは本当に心から出た謝罪だった。
記憶は四十七歳児だが、精神がそれに準ずることはなかったらしい。
涙が勝手に溢れ、体がどうしようもなく震える。
「なんで謝るの?あなたが謝ったら、お母さんが悪いことしてるみたいじゃない、テネー君をいじめてるみたいでしょ?違うよね?お母さん、そんなひどい人だっけ?それともひどい人にしたいんだ、そうやって自分ばっかり良い子になって、お母さんのこと悪者にして、あの人のところに行きたいんだ。そういう魂胆なんでしょ?そうだよね、だってあなたはあの人の子どもだもんね、自分勝手で、嘘つきで、女好きで、そうやっていつも泣いて許されようとしてっ!!!」
パーン、っと音が鳴る。
最初は何の音だかわからなかったが、すぐに頬を叩かれたのだと、その熱が教える。
いつものことだが、非常にスナップの効いた、素晴らしいビンタだ。
相撲とかしたら良いと思うよ、あ、いつもしてるベッドの上の相撲じゃなくてね、土の上のね、ストレス発散にもなるし。
「泣くなっ!!!」
泣くなと言われても、5歳児だからね。
それは無理な要望です。泣くのが仕事なので。ですから女神様、ごめんなさい、どうやらニートにはなれなかったようです。
毎日しっかり、フルタイムで泣くという業務に勤しんでしまっております。
ニートになるって、存外、難しいんだね。
「叩かないでっ!!お母様!!叩かないで!!ごめんなさい、ごめんなさい!!良い子にするから、良い子にするから」
うん。
これ、演技じゃないんだよね。
心の底から湧き出ちゃってるんだよね。表現力が天才子役のそれなんだよね。もう憑依型俳優とかライバルにもならないです。
このままだとアカデミー賞受賞しちゃうし、レッドカーペットで唐突にブレイクダンスしても誰も文句言えないぐらい名俳優になっちゃってるよ。
そして、そのダンスしている様がロゴになったファッションブランド立ち上げちゃうよ。
「煩い!!黙れ!!泣くな!!お母さんをイラつかせるな!!!」
もう顔全体が痺れている。
鼻血も出ている気がするし、打撲もしているかもしれない。
ほとんど尻を蹴とばされるようにして、外に締め出された。
▲▽
「うわ〜ん、お母様、、、お母様、、、ごめんなさい、ごめんなさい」
私は泣きじゃくりながら、家から森の方に歩いて行く。
街の方に向かうと、あとでまたお母様からこっぴどく叱られてしまうからだ。
腹が鳴る。
そうだ、食べ物を探していたときに、お母様に見つかったんだ。
でも、ここでは食べ物の類はない。
木の実やら、きのこやら、こちらの世界の食べ物の知識はまだほとんどない。
「僕は、、、僕は、、、いらない子なの、、、?」
おお、すごい。
なんかそれらしいセリフが、すんなり出てきた。
さすがアカデミー俳優。
周りに誰もいないので演技する必要なんて1つもないのに。
私は人間である前に、俳優なんです、とか言っちゃう?
飲み屋で後輩に演技論を2時間くらい語っちゃう?
「うわ〜〜〜〜ん、ごめんなさい、、、ごめんなさい」
私は流れる涙と鼻水と鼻血を、薄汚れた、おそらく1度も洗濯したことのない服で拭う。
お母様が男を連れてきたときや、こうして家を追い出されたときは、いつも家の背後の森の中、その今は誰も使っていない小屋で夜を明かした。
もう何度目か、わからない。
少なくとも、週の半分はここで寝ているような気もする。
小屋の中は、斧だの釘だの、そういうものが散乱していた。
おそらく木こりかなんかが使っていたものだろう。
私は木材の床に、その硬い床にそのまま寝転がる。
寝てしまえば、全ては過去になる。そして、空腹もやり過ごせる。
そんな気持ちで就寝したことなど、前世では数えるほどしかなかった。
それはしかも、仕事が忙しすぎるとか、その程度の悩みだった。
結局、未だ、この世界がどんな形をしているのか、何もわからない。
転生してからというもの、あのあばら屋の家と、お母様、それから取っ替え引っ替え訪れる男たち、そしてこの小屋、見た景色はそれだけだ。街には行ったことがない。1度そちらの方面に向かったら、お母様が不穏な噂が広まるのを恐れてなのか、死ぬほど怒って連れ戻された。そしてほとんど半殺しにあった。
ある意味、あのシゴデキナイ女神の言いつけを守っている形だ。
「ふ、、、ふぇぇぇぇ、、、寂しいよ、、、お母様、、、ふぇぇぇぇぇ、、、」
月明かりが、屋根の隙間から見える。
少しだけ、心に平穏が訪れるが、神は私にもっと試練を与えたいらしい。
信じられない速度で雲が奔り、すぐに雷雨となった。
天気予報士も驚愕の異常気象である。
シースルー的な小屋の屋根は、雨を一つも防がない。
「いいんだ、、、これで、、、お母様に泣いてるってバレずにすむから。僕が泣くと、お母様が怒るから。お母様が怒る時はきっと、すっごく、寂しいんだ。寂しくて、悲しいから、怒っちゃうんだ、、、僕のことが嫌いな訳じゃないんだ」
私は膝立ちで天井を見上げ、両手を広げ、雨を受け止める。
お母様も、きっと今頃、泣いてるんだ。この雨のように。
誰か、お母様の雨を止めてあげて、その体を暖めてあげて、、、。
おお、シナリオライターでも私に付いているとしか思えないセリフが止まることを知らない。才能が行き場を失うほどに溢れ出ちゃってる。
_________その時だった。
「なんて、、、なんていじらしい子なの、、、もう我慢の限界よ、私!!!」
なにか大人の女性らしい声が聞こえる。
転生してから感じたことのない、慈愛に満ちたその声。
だが、姿は見えない。
「どうして声をかけずにいられるでしょうか、いや無理!!母性がキャントストップ!!おミルクが出ちゃうぅぅぅぅぅぅぅ!」
おお、気持ち悪い。
私の才能が溢れ出ている間に、違うものを溢れ出させている奴がいるらしい。
子どもゆえの生存本能がアラートを出してる。
逃げないと、きっと取り返しのつかないことになる。
でも、体がまったく動かない。
お母様に殴られたから?
確かに顔とお尻は痛むが、立ち上がれないほどではなかったはずだ。
「いいよね、もういいよね、どうせ私のことは見えないはずだし、、、ぎゅっーって、ぎゅーって抱きしめちゃうね、ごめんね、ああもう抱きついてたね、言葉より先に行動派だから、私。ああ、お股きゅんきゅんっ!!!!」
きっめぇええええええ。
それもう母性じゃないよ、母を取って、最早「性」だよ。
それに、言葉より行動が先になっちゃいけないパターンってあるんだよ?
同意、非同意ですごく社会問題になってるの知らない?知らないよね、ニュースとか。
「ああ、染め上げたい、、、優しさを知らない男の子に、初めての愛を与えて依存させたい、、、体ではなく精神の四肢に手錠をかけたい、、、そして口移しでご飯をあげだいっいだいっ!!!」
変態だ。
変態が興奮し過ぎて舌を噛んだらしい。
鳥類的な願望を持った変態に体を締め上げられている。
正直、もう肋骨が悲鳴を上げてる。
「、、、く、、、、苦しい、、、、助けて、、、助けてお母様!!死んじゃう!!」
「__________え?」
声の主人と思しき女性が、驚きの声を上げ、その力が緩む。
私は四つん這いで逃げ、くるりと振り向くと、雨滴の向こう、何かが霞む。
「________え、、、まさか、、、感じてる?」
「だ、、、、、、、誰ですか、、、?」
だんだんと、その姿が鮮明になっていく。
まず明確になったのは、その巨大すぎる白い翼。
どういう理屈か分からないが、そのほとんどは小屋からはみ出していて見えない。
おそらくその根本の大きさ、形状からして、両翼で二、三十メートルはありそうだった。
そして、その巨大な翼の持ち主は、二十代くらいの、白髪を長く畝らせ、緑の瞳を爛々とさせた女性だった。
「、、、、、、天使、、、、、、様?、、、、、、僕、また死んだの?」
「また?」
「あ、いや、、、違くて、僕、、、死んじゃったのかなって、僕は、、、お母様は、お母様は、無事ですか?」
「ああああああああああ!!こんなときにもお母さんのことを思いやるなんて、、、なんて良い子、、、お股きゅんきゅんっ!!」
ねぇ、それ止めて。本当に気持ち悪いから。
今後、もし関わっていくとして、それ決め台詞みたいになるの?
最悪なんだけど。
絶対に関わらないけどね、絶対。
「僕は、、、天国に行くの?違うよね、、、僕、、、ずっと、お母様を怒らせる悪い子だったから」
驚くなかれ、それは心から出ている言葉だ。
幼いために、自分の良心の部分が非常に強調されている。
そして、幼い自分の心は、彼女を天使だと思いたがっている。
そう、私はそういう子だったのだ、前世でも。
だからこそ、母にも父にも愛され、そしてその醸成された肯定感によって何事にも全力で取り組み、エリート公務員まで上り詰めた。
それが、親が変わればこういう形で露出するのだ。
「良い子すぎる、、、やばっ、うへぇ、、、やばすぎだろ、、、最高やん、最高すぎて気持ち悪くなってきた、、、はへぇ、、、絶対手に入れる、、、世界を破壊しつくしても、、、、え、えっへん、、、私は
ぽんっと拳を掌に打ち付けて、
「あなたの本当の母です。あなたのお母様の胎盤を借りて、あなたを生みました」
胎盤とか言い出した。
きっもちわるっ!!
逃げよう、、、とにかく、逃げなければ。
「女神様なら、、、どうか、お母様を助けてあげて、本当は苦しんでるだ、ずっと」
よし、いいぞ。
私に救いなどいらん。
もう少し大人になれば、自分で生きていける。
この記憶に、精神さえ追いつけば!!
「あ、無理。私、ああいう女嫌い。あなたを産み落としたこと以外に価値がない。ゴミカス、底辺、アバズレ、自分で自分の精神をコントロールできない大人子ども。ユルユル」
ユルユルって何?どこが?ねぇどこのこと言ってる?
頭のネジとか、そうだよね?
「ユルユルおま_______」
「お母様を悪く言わないで!!」
セーフ!!
あっぶねぇ!!何言いだすんだこの鳥!!
だが、私の怒鳴り声に、その怪鳥はぽろぽろと涙を流しながら、居ざる。
「き、、、嫌わないで、、、ごめんね、ごめんね。あなたのお母様を悪く言ってしまって、、、でも違うの、それはひとえに、あなたのことを、私の大事な大事な息子を、愛してるから言ってしまっただけで、、、」
いつの間にか息子設定がデフォルトになってるよ。
思い込み激しいタイプだ。
そしてそういう奴は大概面倒くさい女だ。
前世の記憶がそう言っている。
「私って、田中太郎くんの何なの?え、彼女じゃないの?ひどい、、、ひどい!びたーん」
みたいなことになるに決まっている。
「違うよ、僕のお母様は、お母様だけだよ、、、」
「あ、違う違う。間違ってるよ君、認識の相違です。私が、こっちがお母様です。はい、リピートアフターミー、お母様、大好きちゅっちゅ」
「い、、、いやだ、、、、」
「嫌じゃない、嫌じゃない。はい、お母様、大好きちゅっちゅ」
「う、、、うぅ、、、お、、、、お姉ちゃん!!大好きちゅっっちゅっっ!!!」
ぎり耐えた。
耐えたか?
なにか、尊厳が奪われたような気がしてならない。
でもしょうがないよ。
この女、もう顔がほとんどいっちゃってる。
涎だらだら、涙だらだら、翼も妙に微振動してる。
これなら、さっきの酩酊した母の方がまだましだ。
「お姉ちゃん、、、お姉ちゃん!!!!!うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお勝ったぁああああああああああああああああああああああああああ!!人生勝ち組ぃいいいいいいいいいいいい!!」
鳥が雨の中叫ぶと、森の中で禽獣たちがざわめく。
雷が落ちる。
嵐が吹き荒れる。
ああ、女神様。あ、目の前の変態じゃなくてね、シゴデキナイの方ね。
大丈夫でしょうか、これ。
私、目立ってないでしょうか?
目立ってるよね、多分、、、。
荒れ狂う嵐の中、吹き飛ばされないように四つん這いになりながら、まだ元気に生きているであろう妻と娘のことを思った。
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