第11話

 早朝の王都。

 空は青く澄んでいるのに、アリスの心には雲がかかっていた。


 執務室の机の上には、古文書の写本と、過去の戦争記録。

 その中に、一つの奇妙な共通点があった。


 (同じような戦の記録が、わずか数年おきに、繰り返されている……)


 しかも、地名も敵の動きも、戦法までもがほとんど同じ。

 アリスは眉をひそめた。


 (まるで……誰かが模写した歴史みたい)


 ガラス越しに見える王都の街並みは穏やかだ。

 けれど彼女は知っている。


 この世界には、本来あるべき流れを歪めている何かが存在する。


 そして自分自身が、その中に巻き込まれているのだと。



 一方、エリスは夜の図書塔で得た記録の余韻を、まだ引きずっていた。


 姉が繰り返していたのは、転生などではなかった。


 それは時間の巻き戻し。


 つまり、アリスは 死ぬたびに過去へと戻り、その記憶を持って未来を変えてきた。


 「でも……どうして?」


 エリスは書の断片を思い出す。


 ・【時間跳躍に伴い、対象は“精神的な損耗”を被る】

 ・【繰り返すほどに、現実感の認識が薄れ、孤独が強まる】


 (じゃあ……姉さまは⋯⋯)


 もしかして、今の姉は、過去を何度も生きた果ての存在なのだとしたら⋯⋯。


 「……どれだけ一人で……」


 胸が苦しくなった。


 これまでの不自然な強さ、迷いのない判断、感情の揺れの少なさ。


 それらはすべて、繰り返した経験の裏付けだった。


 (私が、一番知っている姉さまは……もう、そこにはいないのかもしれない)


 それでも、思い出す笑顔は。

 まだ姉妹だった頃の、あのあたたかい笑みだった。



 数日後。

 アリスは、ある一つの報告に目を通していた。


 「姫様、先日の砦に現れた召喚陣の痕跡から、異界の反応が……」


 「異界?」


 「はい。魔力の流れが、まるで……こちらの世界ではない存在と接触した形跡があると」


 アリスは立ち上がる。


 (やっぱり……この時間の跳躍は、誰かの意志で許されている)


 (私は単に運命を変えているんじゃない。誰かの実験に協力させられている)


 その事実に、寒気がした。


 (私が過去に戻るたび、何かが壊れている。人の心も、歴史も……)


 「……本当に、正しい未来に近づけてるの?」


 誰にもわからない。

 ただ、確かにこの時間は本物の未来ではない。何かが、ねじれている。



 同じころ、エリスは王国の地下聖堂を訪れていた。


 そこには、古くから伝わる時間封印の碑文がある。


 王族だけが読むことを許された、歴史の裏側。


 その石に、エリスは刻まれた文字を見つける。


 ・【王の血が歪むとき、時は巻き戻される】

 ・【姉妹が分かたれ、魂が裂ける】

 ・【選ばれし者が、最後の未来を決定する】


 「……選ばれし者……?」


 その言葉が、心に刺さる。


 姉ではなく、自分が選ばれたとしたら?

 あるいは、姉が何かを超えてしまったなら⋯⋯。


 (私は、姉を止めるために生まれたの……?)


 問いの答えは、碑文にはなかった。

 けれど彼女の心には、少しずつ火が灯り始めていた。



 その日の夜。


 王宮の廊下で、ついに姉妹はすれ違った。


 アリスは無言で歩き、エリスも立ち止まる。


 「姉さま……」


 アリスは、ゆっくりと振り向いた。


 その瞳は、まるで遠くを見ているようだった。


 「……エリス。あなたも……知ったのね」


 「……うん。時間が、繰り返されてる。姉さまは、それを生きてきた」


 「私を止めに来たの?」


 静かな問いだった。


 エリスは、唇をかむ。そして首を振る。


 「違う。私は、ただ知りたいの。何のためにそこまでして、未来を変えようとしてるのか」


 アリスはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。


 「私には、何度繰り返しても守れなかったものがあるの」


 「家族?」


 アリスはうなずいた。


 「家族、国、民、そして……あなた」


 その言葉に、エリスは驚いたように目を見開いた。


 「でも……あなたは、私から遠ざかっていった」


 「怖かったの。何度も繰り返すうちに、あなたが違う顔をしていくのが……。でも、本当は……」


 そのとき、廊下の奥から、爆音が響いた。


 警報の鐘が鳴り響く。

 王都が、襲撃された。


 アリスとエリスは、同時に顔を上げた。


 「また……始まるのね」


 「うん。でも今度は、私も戦う」


 姉と妹は並び、廊下を駆け出す。

 新たな戦いが、今始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る