第6話 “運命の人形少女とのご対面…? #3/3”

 それからの数日、会社でも客先でも、”やれ明るくなった”, “やれ浮ついているようだ”, “やれついに枯れたおやじにも恋人ができたか”と、散々にからかわれてしまった。それだけ初めての”お迎え”にそわそわしていたのだろう。

 普段通り落ち着いて行動しているつもりだったのだが…やれやれ、まだ私も若いということだろうか。


 カスタマーさんから届いていた追跡番号を入力し、30分に1回は再読み込みし、覗いているPC画面。

 配達予定日は、怜奈さんの危惧した通り、土曜日になっていた。宅配業務も忙しい時間帯とは思いますが、ここは午前指定を付けさせていただこう。


 初恋の歌姫からずっと出しっぱなしになっていたドールスタンドを、そっと、丁寧に手に取る。

 台座に固定されていた支柱をネジで外し、きれいに水拭きする。

 せっかく私の元に来てくれる初めての子。新しい気分で迎え入れたいではないか。

 ずっと、歌姫の人形少女の思い出のよすがとして飾られていた、使う子のいないドールスタンド。

 大切にとってあった箱にいったん収めてから、一夜を過ごす。


 そして金曜日の夜、再び新たな気持ちで、箱から取り出したドールスタンド。

 それは一種の儀式だった。

 初恋の気持ちを、リセットするための。


 再び台座に支柱をはめ込み…。

 おや、ふと気づく。床の上に立っていただくというのは失礼にすぎませんか?


 机、そうですね、まずは机の上が。いや、それもどうだろうか。食事もすれば仕事もする。そこは来てくれる人形少女専用の場所とは言えない。

 ふと、部屋の片隅に自宅用のゲーミングPCの空箱が目に入る。強度はなかなかにありそうだ。

 まずはこれにシーツをかぶせよう。いかにも“箱!” では準備不足だと怒られる。予備のシーツを引っ張り出し、かぶせた。

 女性の部屋であればもっと華やかな生地や、素敵なレースなどあるのかもしれないが、残念ながら40にもなる男の一人暮らし。女性を招いたことすらないアパートの一室では、こんなものでもあっただけ、もうけものだろう。

 そっと、組み上げ直した台座を、白いシーツをかぶせた箱の上に置く。少し神殿の台座のようではないか。

 仮ではあるが、来たる人形少女専用の場所ができた。

 さあ、明日はいよいよ運命の日。寝不足の顔を見せるわけにはいかない。寝てしまおう。


 …

 …


 ええ、誠に恥ずかしながら、眠ることができなかった。

 異動したての頃は”ショートスリーパー”などと不名誉な称号を賜ったこともある、徹夜慣れもしたこの身だ。しかし、これはいけない。子供のようにはしゃぐ心を静められず、徹夜してしまった。

 仕方なく、鳥の鳴き声が聞こえ始める4時にはPCを立ち上げ、配送状況を5分おきに再読み込み。集配所を地図で調べることまでしてしまった。

 カスタマーさんのブログで、今まさにこの部屋へ向かっている子のことを、眺め続ける。


“もうすぐですね♪”

 朝の8時、怜奈さんからのメッセージが届いた。

“はい、今か今かと待ちわびております”

“奈緒さん、寝てないでしょ!”


 なんと、バレてしまった。

“お恥ずかしながら、はい”

“ふふふ〜、怜奈は知っていますよ? 奈緒さん、すごく落ち着いて見えるのに、意外と内心ではテンパってますもん!”

“むむ、これはいけませんね。汚名返上の機会を見つけねば”

“もう遅いですよ〜だ。初めてのお迎えにわくわくして眠れなかった、奈緒さ〜ん♪”

 くう。不覚だ。しかし、怜奈さんのおかげで緊張がほぐれた。


 ピンポーン

“来たようです、また後ほど”

 返事も見ず、インターホンに飛びついた。さあ、いよいよだ。


 受け取った箱は80サイズだろうか。両手で軽く持てる、想像よりも小さなものだった。

 ドールショップで見ていた専用の化粧箱。そう、ドールの子たちは専用の厚紙でできた箱に収まって受け渡される。60cmと身長があり、衣装が付属するので、それは大層長細く、大きな箱だ。

 ドールショップから専用のロゴ入りの袋に収められた愛し子の箱を、両手で抱えて持つ、少し歩きづらそうにする。そんなドールオーナー様方をお見かけしたものと記憶している。


“お返事はいらないので、ゆっくり対面してくださいね!”

“ありがとうございます。今から開封します”

 優しい心遣いを感じる怜奈さんのメッセージに返信をし、さあ、いよいよ待ちに待った運命の瞬間だ。


 素敵な模様が入った、おしゃれな透明なテープをそっとカッターで切り開く。

 中からは柔らかなピンク色の梱包紙がぎゅっと詰められ、中を懸命に保護している。

 おや、さらに小さなお箱が…手のひらに乗るくらいだろうか…出てきた。他には…? 特に何も入っていない。

 もしや、私は間違えたスケールの子をお迎えしてしまったのだろうか。1/12サイズというのも基準スケールとしてあると聞く。

 特に、歴史ある海外のドールハウスがまさにそのスケールだ。


 いや、そんなはずはない。怜奈さんも見てくれたのだ。

 箱には、この数日毎日見つめてきた、運命の子の顔が印刷された写真が貼られている。それにとっても可愛い、ハートのシール。梱包まで楽しい演出を施す心遣い。夢をぎゅっと詰めてくれている。


 さて、箱を開けてみよう。


 と、その前にそうだった。皮脂汚れはドールの劣化を早めると、教わったのだ。

 用意しておいた白い布手袋を装着する。

 100円均一で購入できる簡易的なものだが、なかなかどうして、付け心地は十分だ。


 さあ、改めて運命の瞬間。


 これまたハート形のスポンジで隙間をしっかりと抑えた中から。

「な、なんと…!」


 そう、そうだった。私はすっかり失念していたのだ。

 私が落札したのは、”カスタムヘッド”。そう、“ヘッド”。人形少女の丸坊主の”頭部だけ”が入っていたのだ!


 注意書きでしっかり認識していたはずなのに、いざご対面となり忘れていた。

 白手袋をはめた両手で、捧げ持つように、丸坊主の人形の頭部を大切にかかげる、39のおじさん。

 いけない、これはいけない。大変犯罪的な図式が出来上がってしまっている!


 おや、怜奈さんから着信が、電話だ。

 しかし今、私の両手の中には、大切な、大切な、愛しい人形少女…となる子の”ヘッド”、頭部が。

 手袋で滑るのもいけない。下手に手を動かせば、彼女を取り落としかねない。

 少し弾力のある素材、ソフビというのでしたか? 万が一にも傷などつけては一大事だ。


 大変はしたないが、やむを得ず、そっと足先で。

 ん、押しにくい。

 んん、靴下では反応が。

 音声認識は誤作動を嫌い、OFFの設定にしているつけが、このような時に。


 万が一、誰かにこんな場面を記録されていようものなら、これはもう、一生のトラウマとなったことだろう。

 ワイシャツにズボンを履き、丸坊主の人形の頭部を捧げ持ち、机の上のスマートフォンに向かって片足立ちし、上げた足の指先を振り下ろす、39のおっさん。

 もし映像で記録されていましたなら、神様、即座に抹消してくださいませ、後生でございます。


「あ、つながった繋がった」

 なんとかスピーカーモードで繋がり、怜奈さんの透明感ある綺麗な声が響く。


「大変失礼しました。その、少々手が、やってきた子で塞がっていまして、子? いえ、その、頭部、生首?」

「ぷ、ぷぷ、うふふふふ…」

 ああ、怜奈さんがころころと笑い出した。収まる気配のない笑い声。


「ああ、もう、想像通りすぎて、ナオさんったら。ヘッドだけなの、やっぱり忘れてた〜!」

「ええ、はい。それはもう。どのような猟奇事件が起きたのかと、それはもう動転しておりました」

「ドール者あるあるですね〜。メーカーで購入する子はボディもあるし、最低でもスリップドレス、たいていはイメージ衣装が付属するから、そういう事故もないのだけれど。個人のディーラーさんはヘッドだけ。ごくまれに衣装セットとかはあっても、ボディはほぼ確実に自分で用意です。あ、でも、そのディーラーさんは、自作のアイを付けてくれているから、まだ安心ですよ」


 ドールの目玉には、これまたいくつかの種類がある。

 ガラス工芸で作られた、丘のような形をしたドーム型のグラスアイ。大変貴重で値段がはり、一つ一つ虹彩の入り方が異なる。ドールメーカーの店で見たことがある。ただ、これはリアルなドールに採用されることが多く、アニメチックな子につけるとイメージが違ってしまうという。

 そこで登場するのが、アクリルアイやレジンアイと呼ばれるものだ。

 カスタマーさんや個人のアイディーラーさんが作る物の多くは、後者のレジンアイとなる。

 2次元キャラクターの光が入った虹彩の図案そのものを描き上げ、印刷し、切り抜く。事前に作成した型にレジンを流し込み、その中に印刷したシートを封入して出来上がる。気泡が入れば台無しになるため、制作環境にも気を遣う、大変難しい品だという。


 ええ、そして確かに、この子には瞳がしっかりと入っている。

 翡翠色の深い色合い。それに、大変オリジナリティーあふれることに、瞳の中にうっすらとピンクがかったハートが描かれている。いわゆる”ハートアイ”と呼ばれる表現だ。

“あなたのことが好き”と主人公に分かりやすく伝えてくれる。あるいは、大好きなスイーツ、可愛いぬいぐるみなどを見たヒロインが愛くるしさにメロメロになる。そうした時に見かける瞳だ。

 実は、カスタマーさんのヘッドの写真で見ていた時も、ドールでは初めて見るこの表現に、大変心惹かれた。


「ええ、確かに、魅力的なハートアイが収められています。そして、はい、ようやく落ち着いてきました。やはり美しい。大変精巧で素晴らしいメイクです」

「坊主のヘッドだとまだイメージ掴みにくいと思いますけど、満足できそうならよかったです!」

「ドールスタンドと、とりあえずいていただくための場所を用意していたのですが、これはどうしたものでしょうね」

「明日お買い物してから、正式にご対面! ってするのがいいと思います! ウィッグ試着できるお店もあるので、よかったら、その子連れてきてあげてください」

「わかりました。明日はご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします」

「かしこまり! です!」 “ちょ、ちょっとギャルっぽくできたかな…だめ?…だめかな…”


 そうして通話が切れた後、もう一度じっくりと、向かい合うドールヘッド。

 まだ、初心者も良いところの私には、ここから理想の人形少女へと至る道筋は、なかなか想像がつかない。

 不安を抱えながら、その日は再び、お箱の中に大切に保護申し上げるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る