第10話 感動の再会なんてあるわけない②
鉱山労働に送られたゼファーは王都では『罪人』のはずだ。
刑の執行中に逃げた者が縄も掛けられずにこんな場所にいる。しかもゼファーは『夜の牙』の頭目だ。暗殺組織との関わりは皇帝に知られてるのか?
ゼファーが処刑されたって噂はしっかり流されていた。誰が、何をどこまで知ってるんだこいつらは。
……いや、そのあたり関わると面倒な事情がありそうだな。無視して逃げよう。
「ゼファーを半殺しにしていて話の腰を折ったのは申し訳ありません。しかしオレはここには──」
「なんなら居場所は問わないし、必要なら協力も惜しまない。ただ、どうかこの国に留まってくれ」
皇帝はオレの言葉に被せるようにして、はっきりとそう言った。無言でゼファーの方に視線を移すと、じじいは鼻で笑って大仰に肩を竦めてみせた。
「好きなようにすりゃいい。国を出てもいいしここに居たいなら居れば良いし、坊主の自由だ」
「そうか、じじいまで引き留めたらなにかあるのかと勘ぐるところだった」
「もう勘ぐってるだろうが。お前の警戒心の強さはなかなかイイなあ。良心の塊やら正義感の塊やらを見た後だとホッとするわ。人間こうでなくちゃな、と思うんだわ」
「……」
「ただ、ここでしか見られないモンは一度見ていくといいだろう。せっかくカギも手に入ったことだしな。まあ、さすが俺が手ほどきした弟子だ。今の帝国にお前以上の闇魔術師はいないぜ、ネロ」
ニヤニヤしながら言うゼファーを横から蹴りつけておく。
世辞はいいんだよ、調子の良いじじいめ。
いつの間にか皇帝の元から、例のカギはゼファーの手に渡っていた。ゼファーは闇魔法を使えたはずだが、この結界には手を付けなかったらしい。まるでオレが来るのを見越していたかのようだった。
「『叡智』の探索はまた後日にしよう。それで? 坊主はどこで寝泊まりするんだ?」
「……」
皇帝がソワソワとこっちを盗み見ているし、おそらくジェラルド騎士団長も意見は皇帝側だ。さっき皇宮に引き留めようとしていたしな。
だけどオレ……皇宮はちょっと。いや、だいぶ遠慮したいな。一般市民の寝泊まりする場所じゃないだろう。冷や汗がだらだらと背を伝い落ちた。
困り果ててライオネルを見上げると、真正面から視線がぶつかった。オレの表情を見てハッとしたように震えた彼がいきなりオレの手を掴む。
「ネロ、皇宮が嫌なら……君さえよければ私の屋敷に」
「あ、うん。そうする……」
「ええっ? なんで? ここのほうが対応良いよ、部屋も食事も豪勢だよ。おやつも用意しようか?」
「陛下」
途端に騒ぎ出した皇帝陛下をジェラルド騎士団長が視線で押し留めている。
ゼファーは笑い転げて敷物の上で暴れていた。
それを横目に、オレはライオネルに手を引かれて退出の礼をする。さっさと逃げよう。ここよりはライオネルの屋敷のほうがまだ逃亡しやすそうだ。
しかし出て行く前にゼファーを軽く睨み付け忠告しておいた。
「じじい、服はまともなの着ろ。あとせっかく皇宮にいるなら風呂入れ」
「んぐっ……坊主が言うならしかたねぇ」
組織にいたときも無精なゼファーの世話はオレがやっていた。放っておくと生活の全てがおざなりになるじじいなのだ。
トシのせいで何もかも面倒なのかと思っていたが、若いんだからただの面倒くさがりだ。容赦する必要はない。
「ネロ、行こう」
「ああ」
暗くなった皇宮の廊下は、灯りを持って歩く召使いの後をついて、馬車まで歩いた。
そういえば、ライオネルの変なとこを話してゼファーと笑おうと思っていたのに忘れていた。
屋敷の執事の『坊ちゃん』呼びとか、オレの髪を嬉々として櫛で梳いてリボン結んだりするとか、オレの側をついて回って離れないとか……しょぼくれた犬の顔が板についてきたとか。
いや、これ話したら微妙な顔される気がするな。いつの間にそんなに仲良くなったんだって逆にオレが笑われそうだ。
違和感なく、傍に近づきすぎた。数日一緒にいただけで絆されすぎだろう。
こいつはオレを、利用価値のあるものとして屋敷に留めていただけだ。
それに恨まれてるはずなんだからちゃんと距離置いて、バレないよう気をつけるんじゃなかったのか。
「ネロ、足元気をつけて」
「ん」
馬車に乗るとき自然に手を差し出されて、考え込んでいたオレは無意識にそれに掴まったまま乗り込んだ。
しまった、と気付いた時には馬車の中で、にこにこしたライオネルが後ろから入ってくる。そしてさっきは向かいに座ったはずなのに、隣りにぴったりくっついて座りやがった!
無言でオレは腰を浮かせる。逆側の席に行こうとした途端に後ろから腰を抱かれて、強く引き寄せられた。ポン、と再び席に戻されたと同時に馬車が走り出す。
「立ち上がると危ないからこのまま」
「……」
「君の希望通り治癒魔法も使っただろう? 少しだけ我儘を聞いて欲しい」
ガタガタと馬車は相変わらず揺れる。オレは仕方なく、ライオネルにくっつかれたまま腰を落ち着けた。
剣を扱うせいかしっかりと筋肉のついた太い腕がオレの腰に回り、逆の手で手首までやんわりと掴まれている。
ライオネルはまるでオレに抱きつくようにしてぴったり身を寄せていた。体温がじわりと移ってきて落ち着かない。
支えられて安定しているせいか揺れは少なく感じた。逞しい胸板に押し付けられて、貧相な自分の身体と比べるとちょっと面白くないが。まあ揺れないからよしとするか……。
強制的に寄りかかる体勢になると、相手の顎の位置が丁度オレの後頭部にあたる。ふわっとライオネルの匂いがしてソワソワと落ち着かない気分になった。
「おい、くっつき過ぎだ」
「このほうが揺れないだろう?」
「それはまあ……そうなんだが」
他人の体温なんて、触れても気持ち悪いだけだと思っていた。苦しいときに、欲しかった時に与えられなかった人のぬくもり。しかもそれはオレが大人になると別の意味をもってもたらされた。
媚びを売る酒場の女とか、オレの長い髪を女みたいだと揶揄って触れてこようとする奴だとか。そういう輩は無視するか、しつこければ闇魔法で排除してきた。
だけどライオネルの体温は違う。
甘いような柔らかなライオネルの匂いに酔わされながら与えられる温度は、悔しいが心地良かった。理性は「引き剥がせ!」と警鐘を鳴らしているのにどうしてか抗いがたい。
一応命の恩人ではあるしゼファーの治療もしてくれたから、ここは振り払わず我慢すべきだろうと、なんとかこじつけてオレは抵抗を止めた。それでも寄りかかり過ぎないよう、背を緊張させる。
「こうして触れられて緊張するのは、ゼフィール様が相手でも同じか? 普通は抱き締められると安心するものかと思っていたが……」
「……」
あのゼファーを『ゼフィール』って呼ぶってことは、『夜の牙』の頭目のことは知らないのか。その部分にやっと安堵の息が漏れる。
いやいや、オレがお前の腕でどうやって緊張を解けと?
いっそ正体をバラしてやりたい気分になったがなんとか押さえた。何かと問われても、逆に思うところがありすぎて何とも言えないな。
――うん、抱き締められるのは、もともと嫌いなんだ。
子供の頃は確かに抱き締められて喜んだ記憶くらい、あった気がする。五歳より前か、いやその後もあったか?
ゾクリと、嫌な記憶が背の震えと共に蘇った。
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