第7話 誰か一般常識から教えてくれ①



「団長、陛下の隣はどうかとは思いますが、私もネロを座らせるのには賛成です。申し訳ないのですが怪我の治療が終わっていないので……」


 そこに口を挟んできたのはライオネルだった。オレにとっては助け船だ。

 オレは絶対に皇帝の隣なんて座りたくないぞ。


「……治療が終わっていないだと?」


 騎士団長の視線が、今度はライオネルに鋭く突き刺さった。やはり『なに言ってんだお前』というように聞こえる。人の上に立つ男は言葉の外で会話できるのか、すごいな。


 急にスッと立ち上がった騎士団長は、ガゼボから出てオレに歩み寄ってきた。

 ずんずんと近づくごとにその背の高さに圧倒される。……いや、まて。予想以上にデカいな?

 ライオネルでもオレより頭ひとつ分は高いのに、騎士団長はそれよりさらに頭の位置が高く、身体の厚みもある。

 えぇ? もしかして熊か? いや、容姿は渋めの美丈夫だから熊は失礼か。虎か豹あたりにしとくか。


「これを飲むといい」


 首が痛くなるような角度で見上げていたオレに、騎士団長は青い小瓶を手渡してきた。現実逃避に勤しんでいたオレは唯一動く左手でその瓶を受け取り、まじまじと見つめる。


「最上級回復薬だ。これで折れた骨もつく」

「は、え……?」


 最上級回復薬?

 クソ難しい試験に受かった宮廷錬金術師が、年に三本とかしか作れない高級品じゃなかったか? その材料も稀少で薬草の葉一枚が金貨と取引されるとか聞いてるが? しかも死んでさえいなければ欠損でもなんでも治してしまうって噂の……。

 目の前のこの青い瓶がその最上級回復薬だっていうのか、本当に?

 唖然として声を失っていたオレに、騎士団長はぬっと手を伸ばしてきた。


 え、ごめんやっぱ返せってことか? と思って瓶を片手で捧げ持ったが違った。騎士団長の丸太のような腕がそっとオレの身体を掬い上げて、子供のように縦抱きにする。

 地面から持ち上げられ、団長の腕に座らされたままスタスタと運ばれていくんだが……え、なんだこれ。どういうことだ?

 オイオイ助けろ、とライオネルを見ると向こうも焦ったようにこちらに手を伸ばしかけている。ただ、騎士団長の圧が強くて近寄れないみたいだ。

 冷や汗が吹き出し、オレが借りてきた猫のように動けずにいたら、ガゼボに入った騎士団長はオレを自分のとなりに座らせた。


「まずは、傷を治せ」

「は、……い」


 有無を言わせない騎士団長の言葉に、さっさと瓶を開けて中身をあおる。後ろで『あっ』と小さく声を上がった。口元を押さえているライオネルをチラと横目で見る。困った、というか焦った様子で視線を彷徨わせているが、なんかあったんだろうか。

 飲むなって意味ならもう飲み込んだから遅いぞ。


「ええと、ネロ君? でいいのかな。私は皇帝のレイニールだ。そちらは騎士団長のジェラルド。さて、傷はどうかな?」


 飲んだ薬のせいか、全身に力が戻ってくる。ここまで歩いてきた疲労も消えているし、確実に落ちていた体力がゼファーがいた頃に戻ったような感じだ。

 添え木と包帯を外してみたが問題なく腕も動く。

 袖を通していなかった上着をきっちりと着込み、顔の包帯も外した。ようやくホッ息をついて『ネロです』と立ち上がって礼をする。

 皇帝はにっこり笑って座るように促し、オレの頭をポンポンと撫でた。


「包帯はない方が良いね。予想以上に可愛い顔だ。ゼフィールは面食いだからなあ」

「――はい?」

「陛下」


 また険しい顔をして、騎士団長が低い声を絞り出した。

 だから何なんだよあんたらはさあ。

 傷が治ったのはいいが話に全く付いていけてない。皇帝の気安い態度にも驚くがこの騎士団長はこんな怖い顔を君主に向けていいんだろうか。

 助けを求めるようにライオネルを見てみると、申し訳なさそうにオレのことをチラチラと見ていた。


 素顔を晒してもライオネルがオレに気づく様子がないな。

 そもそも暗殺者として活動している『夜の牙』は顔の下半分を覆面で活動している。それで思い至らないというのならわかる気がした。

 もう騎士団の活動も止めたライオネルにとっては、姿を消した『悪党』よりも、保護した『ネロ』のほうが印象深いんだろう。


 何だよ、と口の動きだけで問い掛けると、ライオネルはブンブンと慌てて首を橫に振る。さっきからこいつ、ずいぶんと挙動不審だな。

 オレの視線から逃れるように、ライオネルは皇帝の方へ視線を移して、言った。


「また後で話すよ、ネロ。ひとまず陛下の依頼から……」

「ああ、忘れるところだった。闇魔法の使い手を呼んだのはこれを開けて欲しいからなんだ」


 ガゼボの中に入っても、ライオネルは立ったまま皇帝の側に控えていた。そこが定位置なのかこの場でそれに異を唱える者はいない。

 位置が変なのはオレだよ。なんでお偉いさんと一緒に座ってんの。


「この宝石箱だよ。お祖母様が稀少な闇魔法の使い手でね、この宝石箱に開かないよう封をしたまま亡くなってしまったんだ。闇魔法にそういう封印みたいなものはあるのかい?」


 女性の手の平サイズの宝石箱がひとつ、テーブルの上に置かれた。

 それは良く見ると、気が遠くなるような細かさの金細工でできている。幾人もの職人の技の結晶で作られているのがすぐにわかった。

 組織でたまに盗品とかを扱うからオレも少し目が肥えている。こいつは小さいのに迫力があって、ゾッとするほど良い物だ。売ると足がつくから絶対に手は出さない類いの品だった。


「闇魔法に封印と類するものはありません。ただし結界ならあります。この箱の中に小さな結界を張り中の空間を他人には認知できないようにしてしまうものです。……陛下は先程『開かないように封をした』と仰いましたが、それはオレを試す『嘘』ですよね?」


 オレの胡乱げな視線を受けても、皇帝は相変わらずにこにこと笑っている。そして「なるほど」とひとつ頷いて宝石箱を手に取った。

 そして――パカリ、と蓋を開けてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る