【掌編02】「しふ(ゆ」の謎(ミステリ)
今日も残業だった。
バッグをベッドに放りなげて、あたしもうつ伏せになる。
真四角のデジタル時計が午後十時になっていた。
ベッドの上で目を閉じる。
このまま眠ってしまいたい……。
ダメダメ、顔に張りついた薄っぺらいマスクだけはがさないと。
せめて、お風呂をわかしてテレビの電気をつけよう。
のろのろ、お風呂をわかしてテレビをつける。
冷蔵庫を開けて水を飲んだら、ちょっと落ち着いた。
意外と、体を動かせばまだいけるみたい。
鏡の前に立っていると、マスカラが目尻から飛び出てた。
最悪、こんな顔で仕事してたんだ。
でも、みんなゾンビみたいな顔してるから気づいてないか。
髪をヘアゴムで縛って、メイク落としを手に取った。
メイク落としの白い泡が、化粧と混ざって少し濁ってる。
とりあえず、ざっと流して、あとはお風呂でなんとかしよう。
ブーブー、携帯が鳴った。
──これから、帰るね。
一緒に住んでるダーからだ、たしか今日は飲み会だったよね。
──今どこ?
疲れてるからか、そっけない返事。
あれ? なかなか既読がつかないな。
怒っちゃったかな。
──しふ(ゆ
え?
携帯に浮かぶ、不思議な文字。
大丈夫かな、電話をかけた。
困った、全然出ないよ。
ダーは東急東横線だから寝過ごすと横浜まで行っちゃう。
プルルル。
三十回くらいかけたかな。
ガチャ。
──大丈夫?
ダーの声はちょっと慌ててた。
──自由が丘で降りたよ。電話いっぱいかけてくれてありがとね。
電話からは、電車の発車音が聞こえた。
──良かったね、横浜まで行かなくて。
あたしは、安心して息を小さくはいた。
──ところで、なんで寝てるってわかったの?
ダーから不思議そうな声がした。
──知りたい?
電話ごしからホームのざわざわした音がした。
──うん、とっても。
よしよし、あたしの推理を聞かせてあげよう。
──「渋谷」って打とうとしたでしょ。
あたしはくすくすって笑った。
──「しふ かっこゆ」になってる。なんだこれ。
ダーはフリック入力使ってるの知ってるからね。
──しぶやの「゛」をうとうとして指が下に滑ったんだよ。だから「(」になった。
「しふ(ゆ」の「ゆ」もそう。「や」って打とうとしたら指が滑って「ゆ」になった。だから、寝ちゃったって思ったんだよね。
──マジで! すごい、天才じゃね。
電車がホームに近づく音がする。
──まったく、気をつけて帰ってきてよね。
電話を切ると、お風呂がわいた音がした。
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