第11話

第11話 ──夜に語られる想い――


 夜の帳が村を包む。焼け残った家々の片隅に、焚き火の残り火がぽつんと揺れていた。


 アレンは座り込み、手のひらに残る微かな熱を感じながら息を整える。

「……ふぅ。とりあえず……皆は無事、か」


 カイルは離れた場所で警戒を続け、リディアは少し俯き気味に立っていた。

 普段の気品ある笑みは消え、複雑な影が瞳に浮かんでいる。


 しばらく沈黙が続いた後、リディアが小さく口を開いた。

「……アレン。あの時……あなたの行動、ちゃんと見てたわ」


「え……?」

 思わず顔を上げるアレン。夜の闇に紛れて、リディアの真剣な瞳が自分を射抜いていた。


「僕は……ただ、目の前の人を守りたかっただけだよ」

 アレンは肩をすくめるようにして答える。


 リディアは深呼吸し、震える声で言葉を重ねた。

「……私はね。ずっと期待されて生きてきたの。父が偉大だから、私は失敗も敗北も許されなかった。……だから、努力し続けてきたの。誰よりも、負けないために」


「リディア……」

 アレンは相槌を打つだけで、言葉を挟まない。


「でもね……皆は言うのよ。『才能があるから』『血筋のおかげだ』って。……そんな言葉ばかり。私は必死に努力してきたのに」

 彼女の拳が膝の横で震える。


 アレンは静かに問いかける。

「……だから、僕が怖かった?」


 リディアは苦い笑みを浮かべた。

「ええ。元から才能を持つあなたが……許せなかった。嫉妬したのよ」


 言葉は震えていたが、瞳には強い光が宿っていた。

「でも……あなたは、あの行事の時には力を使わなかった。……それなのに、誰かを守るためには迷わず使った。……その姿を見て……本当に、すごいと思った」


 彼女の声にはかすかに涙が混じる。

「だから……ごめんなさい。ずっと意地を張ってた」


 アレンは少し驚き、それから静かに微笑んだ。

「リディア。謝らなくていいよ。君が努力してきたこと……僕は知ってる」


 その一言に、リディアの肩から力が抜ける。初めて見せる、安堵の表情だった。


 そこへ焚き火の向こうから、カイルがにやりと笑って近づいてきた。

「おぉおぉ……お二人さん、いい雰囲気だなぁ」


「っ……!?」

 アレンとリディアは同時に顔を赤らめ、慌てて視線を逸らした。


「いやいや、邪魔はしないさ。ただ……夜の村に甘い空気が漂ってるってのは、なかなかいいもんだと思ってね」

 カイルはひらひらと手を振り、わざとらしく背を向ける。


 思わずアレンとリディアは顔を見合わせ、微かに笑った。

 月明かりの下、ほんの少しだけ二人の距離が縮まった瞬間だった。


 アレンは拳を握り、心の中でつぶやく。

(……誰かを守れるって、やっぱり……いいな)


 リディアもまた、夜風に紛れるように小さくささやいた。

「……ありがとう、アレン」


 その夜、村の残り火と共に、三人の心に小さな絆が芽生えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る