第8話

第8話 ──初任務の影


 模擬戦大会は幕を閉じた。

 勝者は――ファルシュハイト・アルームノ。


 彼の登場は異質であり、誰もが予想していなかった結末だった。普段は行事に顔を出さず、教師陣以外はその実力を知らない謎の存在。そんな彼がなぜ今、この場に現れたのか。生徒たちは皆、胸の奥に得体の知れない不安を残されたまま解散していった。



 ◇ ◇ ◇


 学園の奥、校長室。

 重厚な扉が静かに開き、黒衣の少年――ファルシュハイトが姿を現した。


「まさか君が出るとはね、ファルシュハイト」

 校長は笑みを浮かべながらも、その瞳は油断なく鋭い。


「目当てはアレンくんかい?」


 問いかけに対し、ファルシュハイトは首を振る。

「いえ、私が見たいのは彼の力ではありません」


「では……何を?」


 その問いには答えず、ファルシュハイトはわずかに口角を上げる。

「いずれ分かります」


 影のように立ち去る彼の背を見送りながら、校長は独り言のように呟いた。

「……やはり君も、何かを企んでいるんだね」



 ◇ ◇ ◇


 一方その頃。

 アレンたちは大会の疲れを癒やすように教室でぐったりしていた。


「……疲れた」

「完全にボロ負けだったな……」


 アイネとコウキは机に突っ伏し、アレンも椅子に深く凭れている。全員が敗北の余韻と疲労に包まれていた。


 そんな重苦しい空気を破ったのは、いつもと変わらぬ明るい声だった。


「いやーお疲れ様! 本当にみんな、よく頑張ったじゃないか!」


 教壇に立っていたのはベルダ先生。にこやかな笑顔を浮かべているが、その声にはどこか意味深な響きがあった。


「ところでアレンくん」

「……はい?」


 呼ばれたアレンは姿勢を正す。


「ちょっといい話があるんだ。任務が一件、うちのクラスに回ってきてね。君に行ってもらいたい」


「任務……ですか?」

 アイネが驚いて顔を上げる。


「そう。ただし一人じゃない。同行者は二人――リディア・アークライト、そしてカイル・ネヴィルだ」


「カイル……?」

 聞き慣れない名前にアレンは首を傾げる。


 ベルダは笑って扉を叩く。

「さあ、自己紹介してくれ」


「おっす! 呼ばれて飛び出てカイルくん!」


 現れたのは茶髪を乱した能天気そうな少年。にこにこと笑いながら軽い調子で手を振る。だが、その瞳の奥には妙に澄んだ光が宿っていた。


「……こいつが一緒に?」

 アレンが思わず眉をひそめる。

 リディアは腕を組み、不服そうに目を細めた。


「そうそう。ま、よろしく頼むぜ相棒たち」

 カイルは笑いながら片手を差し出してきた。アレンは一瞬戸惑ったが、その手を握り返す。だが、リディアだけは冷ややかな視線を向けたままだった。


「では決まりだ。明日の朝、出発する。詳細はその場で話そう」

 そう告げ、ベルダ先生は軽やかに去っていく。



 ◇ ◇ ◇


 その夜。

 アレンはベッドの上で目を閉じながら、胸の奥に芽生える不安を抑え込んでいた。


(任務……これが、俺の力を試す場所か。けど、また暴走したら……)


 彼の頭をよぎるのは、模擬戦で垣間見えた「悪意の残響」。

 しかし同時に、あの時仲間を守れたという実感も残っていた。


(逃げるわけにはいかない……)


 そう決意を固め、眠りに落ちる。



 ◇ ◇ ◇


 翌朝。

 まだ薄明の空の下、学院の門前に三人の影が並んでいた。


「さてさて、初任務にして初遠征! いやあワクワクするなあ」

 カイルは大きく伸びをして笑う。その能天気な様子に、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。


「……気を抜かないで。任務は遊びじゃないんだから」

 リディアがぴしゃりと釘を刺す。しかし彼女の言葉はアレンというより、カイルに向けられているようにも思える。


 アレンは二人を見回し、深く息を吸う。

 不安はある。だが同時に、仲間と共に挑む覚悟も確かに胸にあった。


「……行こう。俺たちの力を示す時だ」


 こうして、アレン・リディア・カイルの三人による初任務が始まろうとしていた――。

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