第45話 王城陥落

 大軍同士かつ、イングルド四世が今回は慎重に戦いを進めているとあって、クルキアとノルデン両軍による戦闘は、沿岸三州で膠着状態におちいった。


 このため、カリアスとその軍勢は現地にくぎ付けとなり、必然、身動きがとれなくなった。


「計画どおりだ。今ならやれる」


 その隙に有力貴族たちに決起を促したのが、ノルデンに内応した裏切り者のカルザースだった。


 腐敗したクルキア王家、特にアニスの打倒を叫ぶ檄文を手にした、かつての権力者たちは、空き城状態のパルシャガルを見て、自分たちが有利と判断。


 カルザースの陰謀にくみして結集し、手勢を率いて王都と王城を急襲した。


 その中にはなんと、王の妹婿の宰相オドもいた。


 首都を落としてノルデン王に献上し、その後はカリアスの軍を挟み撃ちにして、夢よ再びというわけである。


「王都を落とせ!」


「王宮を制圧しろ!」


「ウィストリアの女狐を殺せ!」


 この頃、アニスは自身の希望により、政治の第一線にいなかったので、政情にうとかった。


 おまけに没落気味の貴族たちも、さすがに実力行使はしないだろうと踏んでいたせいで、突如、王宮に突入した反乱軍を見て、あわてふためいた。


「これは一体どういうことだ!? 何がどうなっている!?」


 そこに救いの手を差し伸べたのは、やはり有能な家宰、アルフレッドだった。


「王妃、こちらへ!」


 アルフレッドのかたわらには、すでに王子や王女たちが集められていた。リマルもそばで控えている。


「皆様、ご無事です。すぐにお逃げください」


 アニスは久々に剣を手にすると、アルフレッドやリマルが血路を切り開く中、王宮からの脱出を開始した。


 途中、敵兵の一団に囲まれ、あわやという場面もあったが、


「王妃様、おなつかしゅうございます」


 かつて戦場でともに戦った男たちであったため、アニス一行を見逃してくれた。


「これは独り言ですが、北の門がまだ手薄なはずです。王宮で働く者たちがそこから逃げ出しております。行くなら、お急ぎになられた方がいいかと」


そう言うと兵士たちは、


「王妃がいた!」


「南門の方に逃げたぞ!」


 と、口々に叫び、去って行った。


「恩に着る」


 アニスは、使用人から粗末なマントをもらうと、子供たちの手を引き、必死に王宮内を駆け抜けた。


 北門から市街に出たアニスたちは、商人のオットーを頼ろうとしたが、オットーはすでに身を隠した後だった。


 アニスは感嘆した。


「さすが銭ゲバ商人。見事な嗅覚だな」


 仕方なく一行はオットーの店にあった荷馬車に乗って、反乱軍に属する貴族の領地が少ない東部へと向かった。


 幸いなことに反乱軍は王宮制圧に注力したせいか、かえって都市パルシャガルの封鎖には穴があり、あちこちから市民が避難を始めていた。


 アニスたちは人々の流れに紛れ込み、からくも王都の脱出に成功した。


「お母様、私たち、どうなるの?」


 アンナとパトリックは馬車の中でメソメソ泣いたが、ミルン王子は決して涙を見せなかった。


「大丈夫。すぐにお父様が兵を率いて迎えにきてくださるよ」


 そして、むしろ妹や弟の頭をやさしくなでて、安心させたのだった。


「気丈な王子ですな」


 アルフレッドが言うと、ミルンは疲れた顔に笑顔を作った。


「そりゃそうさ。ぼくは、すでに戦場を経験しているんだからね」


 当然、そんなはずはないので、アニスやアルフレッドは怪訝な顔をした。


 それを見て、ミルンはこう付け加えた。


「もちろん、お母様のお腹の中でだよ」


 アニスは、無言で息子を抱き寄せた。

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