第4章 ノルデン戦役

第31話 毒の名前

 カリアスはパルシャガルから歩いて二日程の距離にある、ペスカートという小城で治療を受けていた。


 城の内外には、大軍がひしめき合っている。


 王の病室の隣りには、近衛軍の将、トイシュケルやワッセナー公爵カルザースなど、遠征軍に参加した貴族や重臣が集まり、神妙な顔つきで軍議を開いていた。


 アニスが到着したのは、まさにそのような時だった。


「王妃!」


 アニスの姿を見つけ、一番最初に声を上げたのはトイシュケルだった。


「なんと、そのようなお体で」


「トイシュケル、今は黙っておれ!」


 呼び捨てで一喝されると、トイシュケルは顔を真っ赤に上気させて、息を荒くした。


 そのまま、アニスは案内されるままに、カリアスのいる部屋に駆け込んだ。


 クルキア王カリアスは、意識は戻っていたものの、顔色も悪く虫の息で、見るもあわれなほど衰弱していた。


「陛下」


 アニスがベッドの傍らで手を握り、声をかけると、カリアスは目を覚まし、かすかに笑った。


「やあ、そなたか。まさか来てくれると思わなかった。最期に会えてよかった」


「陛下、お気を強く。私が必ず陛下をお救いいたします」


「すまぬが、此度は無理やもしれぬ」


「そんな弱気をおっしゃいますな」


「いや、もう駄目だ。自分のことは自分でわかる」


「間もなく子供も産まれますのに」


「それが唯一の心残りだ。子供の顔も見れず、悪い父親だった」


 カリアスの呼吸は、細かった。


「だから、王妃に遺言がある」


 その言葉を聞いた瞬間、アニスは怒りとも悲しみともつかぬ感情に揺さぶられ、我を忘れた。


「そんなもの聞きたくない! もうすぐ子供が産まれるんだぞ! それでも王か! 父親か!」


 アニスに叱責され、カリアスはひどく驚いた様子だったが、すぐに苦笑した。


「やれやれ。そなたにかかってはかなわんな。では、子供の顔を見たいし、もう少し頑張るとしよう」


 カリアスは目をつぶると、安心したのか、そのまま寝入ってしまった。


 医者が言うには、カリアスに刺さった矢じりの毒が曲者で、その正体がわからないので手の施しようがないという。


 いまだ犯人も見つからず、お手上げ状態とのことだった。


「せめて何の毒かわかればいいのですが……」


 しばらくして、アルフレッドも馬を飛ばしてペスカートに到着した。


 アルフレッドは毒の話を聞くと、すぐに取って置いてあった矢じりを舐め、何度も何度も床に唾を吐いた。


「おえっ。おえっ。ひどいなこれは。しかし、毒の正体がわかりました」


「わかるのか!?」


 アニスは興奮して、座っていた椅子から立ち上がった。


「はい。これは、強い毒草を煮詰めたものに、砒素ヒソを混ぜたものです。毒性の強い、かなりマズい代物です。これで命を失わないとは、王は強い意思と強靭な体力をお持ちだ」


「アルフレッド、なぜわかる」


「これでも長年、錬金術を学んでおります。ひと通りの毒は味見をしております」


「そのあたりは1ミレルも理解できんが、とにかくでかした! 錬金術も捨てたものではないな」


「え? はあ。ありがとうございます」


 アニスに、微妙な言い回しで褒められ、アルフレッドはなんともいえない表情をした。

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