第27話 トイシュケル将軍の、謎の微笑

 かくして、王夫妻一行はつつがなくモーゼンを出発し、王都への帰路についた。


 収穫が多い旅だったせいもあり、カリアスもアニスもしごく上機嫌だった。


 すると、最初の休憩の町で、警固の長、トイシュケルがアニスに話しかけてきた。


「王妃殿下」 


「これはエーリク伯。何かございましたか?」


 トイシュケルの顔には、以前のようないかめしさはなく、穏やかな笑みがたたえられている。


「いや、特に何もございませんが、よいご滞在だったようですな。警固の者として、安堵いたしました」


「あら、ありがとう。すべて将軍のご尽力のおかげですわ」


「これは、これは。身に余るお言葉」


 トイシュケルは深々と頭を下げた。


「本当ですよ。将軍に任せていれば、どこでも安心していられます」


 アニスは水を差されたような気分だったが、とりあえず表面上は取り繕っておいた。


 するとトイシュケルが、どこか、うかがうような目付きをする。


「ところで、王妃様は、お身内の方々とお話をなさる際は、口調がまるで男のようでございますな。それを不思議に思いまして」


 アニスはまた嫌がらせかと思い、用心した。


「ああ、それですか。私は病身の父親になり代わって、領地を守っておりましたし、家宰からも、本当に男のように育てられたものですから。無作法ですみません」


「いえ、決してそのようなことは。とりすました、宮殿の婦人たちより、よほど結構だと存じます」


「あら。それはもしかして皮肉?」


「とんでもございません。むしろ、私めにも、そのように話しかけてくださって結構です。これでも騎士の端くれでございますので、できれば命令口調と言いますか、強めの物言いの方がありがたいです」


 不思議とトイシュケルは興奮しているようにも見えた。


 顔にも、ほんのりと赤みがさしている。


 アニスには、目の前の老獪な武人の真意をつかみかねた。


「それにしても、今回も王妃様のお供ができたことは、まことに光栄でした」


「ありがとう。お礼にパルシャガルに入城した時のように、首に花輪をかけてあげましょうか?」


 アニスが試しに嫌味を言うと、トイシュケルはなぜか鼻息を荒くして喜んだ。


「おお、花輪を。あの時は、近衛軍の長として、まさか衆人環視の中、民に笑われて馬を歩ませることになろうとは、思いもよりませなんだ」


「笑われてはいないでしょう。将軍はこの国の民から、人気があるのですよ。それにあの花飾りは、よく似合っておいででしたよ」


「もったいなきお言葉。王妃殿下が下さるのなら、このトイシュケル、首輪でも何でも、喜んで頂戴しましょう」


「そうですか。では次は首輪を進呈いたしましょうか?」


「首輪を!」


「ええ。首輪です」


 アニスは、さすがに相手も不快に感じるだろうと思ったが、トイシュケルは、ますます嬉しそうに相好を崩した。


「それはありがたきこと。よい首輪を期待しておりますぞ。王妃殿下」


「あ、ええ」


(こいつ、一体何を考えてるんだ?)


 以前は慇懃無礼だったトイシュケルのあまりの変わりように、アニスは少し不安を感じた。気になって馬車の中でカリアスに訊くと、


「あれとは長い付き合いでな。よくも悪くも上からの命令に従順で、害のない男だ。アニスが王妃として認められてきたので、やつも媚びたのだろう。気にせずともよい」


 という返事だった。


 アニスはカリアスがそう言うならそうかと思い、あえて気にしないことにした。



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