第14話 華燭の宴~不穏な結婚式~
それからアニスは、結婚式を前に、様々な儀式や儀礼を味わう羽目になった。
(煩雑だし、めんどくさい)
新王妃は内心、イライラしてばかりだったが、どこの王室にも、しきたりや慣習といったものがある。
貴族とは、本質的にそういうものを尊重する生き物なので、文句は言えなかった。
「まあ、諦めることですな」
いつもは味方のヴァイツァーも、この件ばかりは手をさしのべることができない。
「姫様。何事も、のど元を過ぎれば、いつかはよい思い出となるものです」
「お前らしくもない。とってつけたようなことを言うな」
「ご安心ください。そのうち教会で懺悔するつもりです」
「嘘かよ」
これには、さすがにアニスも苦笑するしかなかった。
それを見て、ヴァイツァーも微笑んだので、アニスは家宰がいつもどおり、自分に気を遣ってくれたのだと気付いた。
カリアス王とアニスの結婚式は十日後、クルキア・ウィストリア両国ばかりでなく、周辺国の名だたる王族や貴族、各国の大使が招かれ、盛大に行われた。
王宮に付属した教会での、高位聖職者による荘厳な式の後は、夜遅くまで続く宴の始まりである。
アニスはカリアスと並んで、一番上座の大きなテーブルに座らされた。
周囲は大司教や大貴族といった、クルキアの上流層であふれている。
身分の高い者たちが次々と祝福に訪れ、アニスには休む暇もない程であった。
(正直なところ、うざい)
そんな
もっとも、式の参列者の感想は、アニスとはまったく異なっていた。
アニスは誰が見ても、目が覚めるほど美しく、贅を凝らした純白の花嫁衣装も、先日のドレス同様、誰もが目を驚かすものだったからだ。
「なんて美しい花嫁だろう」
「このレディが、軍勢を率いて自領を守ったのか。とても信じられない」
宴席に侍る者は、誰もがアニスに強い印象を受けた。
アニスの頭上には、クルキア王家伝来の王妃の冠が、燦然と輝いている。
かくしてアニスは名実ともに、クルキア王妃として認知されることとなった。
ただし、中にはあからさまにアニスに敵意を向けてくる者もいた。
宰相のオドも相変わらず不敬な態度を見せていたが、それよりもひどかったのが、王の父方の伯父にあたる大貴族、ワッセナー公爵カルザースだった。
「王妃にお目にかかるのは、初めてではございませぬ。パトナではひどい目に遭い申した」
カルザースはパトナ遠征軍の総大将で、大敗の責任者だった。
「あなたが女だてらに剣を振るったおかげで、麾下の将兵を多く失うわ、国に戻っても小娘風情に負けたなどと、あちこちで陰口を叩かれ、散々でしたぞ」
「左様ですか」
アニスにしてみたら、勝手に自領に攻め込んできたクルキア軍を追い払っただけなので、なんとも返答のしようがない。
「大枚はたいた戦費も無駄になりました。なに、文句でも愚痴でもございませぬ。刃を交えた同士、ひと言、挨拶をしたいと思ったまで」
カルザースの言葉の端々に、含むところがあるのは、明白だった。
「パトナでの、あなた様の兵士同様、水に流していただければ」
アニスは、咄嗟にそんな皮肉を思いついたが、隣りにカリアス王がいたため、言うのはやめておいた。
各国からの来賓がいる祝いの席で、無駄にいざこざを起こすのは、賢明な行為ではない。
ありきたりの礼を述べ、適当にあしらっておいた。
カリアスはといえば、相変わらず仏頂面をしていて、自分の妻が侮辱されたことなど、まるで気にならない風だった。
(まるで男気がない)
アニスが、さすがにムッとした時だった。
宴会の定番、豚の丸焼きが会場に運び込まれた。
料理人たちによって切り分けられた肉は、地位の高い順に出席者の元へと運ばれていく。
しかし、ヴァイツァーの皿に乗せられたのは、なんと生の豚肉だった。
(あっ!!)
ヴァイツァーは、デュフルト伯エルンストの名代として、比較的アニスの近くに座っていたため、生の豚肉の赤い色は当然、アニスも目にすることとなった。
(さすがに常軌を逸している)
嫌がらせも、ここまでくるとシャレにならない。
ヴァイツァーと同じテーブルにいた、ウィストリアの貴族や王室関係者たちも、ざわめいた。
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