第十一章  瑠紅石

 その夜、彰親は董子を人目のない一室へと導いた。

 帝都邸の奥深く、重い扉の先に広がっていたのは——展示室などではない。

 ここは東條家の事業の心臓部とも言える、小広間だった。

 壁一面には鉄の棚が並び、帳簿や取引先の名簿、重厚な木箱や金庫が整然と置かれている。


 机上には、過去の契約書や領地の地図が広げられており、この部屋が単なる保管庫ではなく、帝都の経済と政治に密接した「頭脳」そのものだとわかる。

 ここから流れる一滴の情報が、国家すら揺るがしかねない。


 その中央に、ひときわ異彩を放つ台座があった。

 上には布が掛けられ、彰親がその端を払うと——

 そこに鎮座していたのは、ひとつの原石。


 ——瑠紅石るこうせき


 燭火を浴びて、深紅から蒼へと揺らめき、まるで二色の魂を宿したように脈打つ。

 粗削りであるはずなのに、加工された宝石を凌駕する美を備えていた。


「帝都が浮き立つのも無理はない」


 彰親の声は冷ややかだった。


「これが帝都の山から掘り出された新鉱石だ。この石は、ただの装飾品にとどまらぬ。硬度と輝きは比類なく、軍事転用すら囁かれている。

 この輝きから、愛や富、名声だのの象徴と言う者も居るが、……幻想を貼り付けた虚飾に過ぎぬ」


 董子はその言葉に息を詰めたが、目を逸らせなかった。


「……でも」


 彼女はあえかな声で続けた。


「ただの石には、見えません。人がこの石に意味を託すのは、それほどに心を動かされるからではないでしょうか。愛も、富も、名声も……人を生かす力になるのだと、私は思います」


 彰親の瞳が、一瞬だけ揺らいだ。

 だがすぐに冷笑を浮かべ、布を手に取る。


「覚えておけ。愛など、石ほどの値打ちもない」


 その突き放す言葉には、どこか己を戒める色が滲んでいた。


 董子は沈黙したまま、熱いまなざしで原石を見つめ続けた。

 その横顔に幼さめいた純真を見て、彰親は口端を緩める。


「……気に入ったのなら、そのうち何か贈ろう」


 驚いて顔を上げた董子の瞳が一層きらめき、唇がかすかにほころぶ。

 その表情は、冷笑を纏う彼の胸に、不意の熱を灯した。

 けれどすぐに布が石を覆い隠す。


 暗闇に閉ざされた瑠紅石の煌めきは、なお董子の心に深く刻まれ続けた。

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