第三話 終わりの祈祷の果てで
//SE しんとした無音
//SE かすかなジングルの音
「聖女エイファのオールナイト祈祷」
(おしとやかな声。エコーはしない)
//SE 途切れながら流れる讃美歌のハーモニー
//SE バックで雨音が窓を打つ音
//SE 風が隙間を抜ける高い風鳴り
(優しく、慎ましい声で)
「お祈り周波数0176──こちらは、聖女エイファの祈祷お悩みチャンネルです」
「迷える子羊の皆さま、こんばんは」
//SE 暴風で揺れる木々の音
「私、聖女エイファ・レムリアと申します」
//SE 遠くに響く雷音
//SE ガタガタと窓が揺れる
「今夜はあいにくのお天気で、少し届きにくいかもしれません。皆さまのところは大丈夫でしょうか?」
(少し苦しそうな声、言葉に詰まる)
「私は、今日は――いえ、今日も、ですね」
//SE 環境音が止む
「あなたのためだけに祈っておりました」
「それ以外は」
(僅かに間を置いて)
「いつも通りです」
//SE 環境音が再び鳴る
(思いついたように少し声を弾ませて)
「あ、そうだ。数か月前に始めた菜園ですが、今朝確認したら踏み荒らされていました。ふふ、もう少しで収穫だったのですが残念です。育てるって難しいですね」
「菜園を綺麗に片づけて部屋に戻ると、誰かが入っていたのでしょうね。いろいろと荒らされて、物がなくなっていました」
(恥ずかしそうに、小さな声で)
「さすがに肌着やシーツがないのは困ってしまいますね。でも、今着ている服がありますよ。物の大切さを実感した一日でした」
(喉が少しかすれる。こくんと水を一口飲む)
「それでは、本日の心の声です」
(二秒の間)
//SE 雨脚がすっと弱まる(すぐ戻る)
「お祈りネーム【(ピー:自主規制音)】さんから」
(喉から小さな声が漏れる)
「ぇ……?」
(三秒の間にエイファの困惑した小さな声)
「お祈りネーム【(ピー:自主規制音)】さま」
(声が震える)
「え、まさか……」
「あぁ……あなたに、届いたのですか?」
//SE ピシャン、と落雷の音
//SE ゴロゴロと響く、雷雲
(喜びで声が震える)
「……あぁ、神様」
(数秒、環境音だけ続く)
(エイファの震える声が続く)
(声を震わせて、落ち着かせるように)
「あぁっ、す、すみません。取り乱してしまいました」
(深呼吸をひとつ)
「皆さまに、大切な……お知らせがあります」
(一拍、無音)
「私は毎晩祈りを捧げてまいりました。私の祈りは波となって世界に広がり、同時に祈る皆さまの心と共鳴し、引き寄せた声を聴き、苦悩や望みを叶えてきました」
(ゆっくりと丁寧に語り掛ける)
「吐き出された苦悩の塊は、私の中で消化し力として吸収していました」
「私へ思いの丈をぶつけた皆さまは、さぞ心が癒えたかと思います。そのはずです。皆さまが抱える、苦しんでいる辛さや憎しみ、悲しみを全て私が引き受けたのですから」
(耳元に声が近づき、息を吹きかけるように)
「ほんとうは」
「いただく際、皆さまの大切な人格も奪い取っておりました。ごめんなさい」
(少し泣き笑いのような声で)
「私の声は、人の心を悪い意味で惚けさせ、麻痺させます。声を発するだけで、強い感情が人々を刺激し奪ってしまいます」
「私は嫌われていたのでしょう。でも、排除はされません。なぜでしょう?」
(淡々と告げるように)
「私は必要とされているからです」
「彼らにとって私は、感情をぶつけるための真っ白な壁なのです。……汚したくなるような」
「心の底では私という存在を認めているのに、この世界ではそれを善としてしまうのは都合が悪いのです。そのように成り立っています。今思えば不思議です」
「ではなぜ、あなたたちは同じような基盤をつくるのでしょうか」
//SE バタバタと建付けの悪い窓枠が震える音
(冷たく笑い飛ばすように、淡々と説明を続ける)
「ふふ。話が逸れてしまいました」
「だから私は嫌われるのです。――責任だけは遠ざけたいからでしょう。嘘が私の声で剥がれないよう間接的に攻撃し、結束するのです」
「奪うこともします。私が触れたものは僅かに魔力を帯びます。声や祈りほどではないですが、弱い幻聴作用があり一種の心地よさを得ることができますから」
「更には、夜の祈りの時は遠くの人々も加わり、私の声をさらっていこうと祈りの周波数に同調し入り込んできます」
(冷笑をぴたりと止め、はっきりと)
「ですので、私はそれを利用することにしました」
(語気を強める)
「祈りの仕組みごと使います。奪おうとする分だけ――私も、奪います」
「すべては、【(ピー:自主規制音)】さまに、この声を届けるため……」
//SE 小箱のフタが開く音
(ひとり言で呟くように)
「からっぽ……」
//SE 小箱のフタが閉じる音
(ゆっくりと言葉を選びながら)
「この周波数での祈りは、今夜で終わりにします」
「残念、もっと、やめないで――ですか?」
(困ったような声で)
「そう言っていただけるのは本当に嬉しいです。ですが、私は――」
(朗らかに慈しむように)
「もう皆さまに用がありません」
(囁き声で)
「これまで多くの心の声をいただきました。もう充分です。届いたのですから」
//SE 木の扉がきしみ、わずかに開く音
//SE 雨と風の音が大きくなる
「皆さまに、神のご加護があらんことを――」
//SE 雨音だけが残る、ゆっくりフェードアウト
(静かに呼吸するエイファの声)
(ゆったりと語り掛けるように)
「あなたと、ようやくお話ができますね」
(熱がこもったように囁く)
「……この日を待ち侘びておりました」
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