『異世界無限ガチャの契約者(コントラクター)』  〜英雄も神話も、全部引き当ててみせる〜

@kei_9

第1話 馬車に揺られる二つの記憶

カイは、馬車の中で横たわっていた。

 暗い天井。揺れる車輪の軋み。乾いた藁の匂い。──そして二つの記憶が胸を裂くように交錯していた。


 一つは十八年の病室生活。

 生まれてすぐに病を得て、窓も開かれぬ白い牢獄で育った。唯一の救いは与えられたゲーム機。電源を入れ、異世界に没入する時間だけが現実を遠ざけてくれた。

 あの夜。胸が焼けるように苦しくなり、震える指でナースコールを押した。駆け寄った医師は顔を歪め──「もう、手の打ちようがない」と告げたはずだ。そこで意識は途切れた。


 もう一つは、奴隷としての記憶だ。

 戦争孤児として育ち、孤児院で飢えを知り、義勇兵に身を投じた。その義勇兵は二百人規模の小さな軍勢。彼らはギルドを立ち上げ、「獅子の紋章」と名乗った。

 だが、カイは戦力強化のために“買われた”存在にすぎない。人としての価値など問われない。先にあるのは、剣と血の未来だけ。


 ──どちらが夢で、どちらが現なのか。

 病室の少年か。馬車に揺られる奴隷か。

 重ねられた二つの記憶は、裂け目から血が滲むように混じり合い、彼の魂を暗く照らしていた。


馬車の揺れに身を任せながら、カイはようやく周囲を見渡した。

 自分のほかに三人。皆、やはり十二歳らしい顔つきで、病気も戦争も知らぬはずの年頃。だが、その目にはそれぞれ、覚悟と鋭さが宿っていた。


 僕ら四人を連れてきたのは、獅子の紋章の五人。馬車の前方で指揮を執っているのが、副団長――シリル・オルフェンだった。

 冷ややかで切れ者の空気をまとった男。人物鑑定のスキルを持ち、特にスキルや能力を見る力に長けている。奴隷の価値を見極め、買い付けるのを任された人物だ。


 教会では、信仰する者だけがジョブやスキルを授かれるはずだというのが表向きの教義だった。

 しかし実際は裏金さえ積めば、神父は手を貸してくれるらしい。

 シリル・オルフェンの目には、カイを含む四人の目が、確かな上位スキルを宿していることが映っていた。


 儀式が終わるまで、僕らは外で待たされた。

 大声の歓声。溜息まじりの落胆。明らかに祭りのような熱気が広場を満たす。

 夕方になると、僕ら以外にも、みすぼらしい格好をした人々が集められた。

 神父は面倒くさそうに手を動かし、一気に祈りを終わらせる。


 そのとき聞こえた神父の嫌味。

 「鑑定持ちの人達が連れてきた才能ある奴隷人なのでしょう。もっと良いとこに生まれてれば」


 意味はよく分からない。だが、声の端に含まれた、がっかりした感情だけは受け取れた。


 馬車に再び乗り込むと、副団長シリル・オルフェンが低く言った。

 「ステータスを見せろ」


 口は悪い。だが、奴隷であろうと仲間になった以上、厳しく育てるつもりであり、同時に、愛情もあるのだと伝わる言い方だった。


 男性二人は、それぞれ斥候の上位「影走者(シャドウランナー)」と、盾役の上位「鋼守騎士(アイアンガーディアン)」。

 女性は水魔法の上位「水霊導師(アクアメイジ)」。


 ──評価は特別なSからEまでのランクで、C+。

 全員の五割はスキルがもらえず、失敗することもあるという世界で、これは十分すぎる成果だ。

 仲間たちは喜びに満ちた顔をしている。役に立てれば、楽しく生きられる。そう思える顔だ。


 だが、僕だけは違った。


 《無限抽選(インフィニット・ガチャ)》の存在を知る僕は、他の三人と副団長を前に、少しばかり違う視線を感じた。

 首を傾げる三人。どうやら、僕のステータスや潜在能力に、言葉にできぬ異質さを感じ取ったらしい。


 シリル・オルフェンはゆっくりと馬車の奥を見やり、低く笑った。

 「まぁ……一番輝いていたのはカイ、お前だ。どんなスキルを持っているか、ゆっくり見ていこう」


 その言葉の向こう側で、世界は静かに動き始めていた。

 ──これから僕の前に広がる道は、単なる義勇兵や奴隷の枠を超え、《無限抽選》がもたらすスキルと能力によって形作られていく。


 馬車の揺れはいつの間にか、未来を告げる鼓動のように、カイの胸に響いていた。

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