第24話『鮮紅令嬢』が『鮮紅令嬢』たる所以 2≪side 騎士団長≫

 アタシとしたことがちょっとこの子の実力を見誤っていたみたい。

 『眠れる獅子を叩き起こす』って、今のような状況のことを指すのね。


 さっきまでどこか嫌そうな顔をしていたのが、今はおもちゃで遊ぶように喜んで戦っているのだから。


 「さぁ、闘いを楽しみましょう?最初に持ち掛けたのはあなたなのですから、最後まで存分に。」


 そう笑いながら、ルイーズ嬢は楽しそうに鉄球が付いた鎖を振り回す。彼女の紅い瞳のような炎を纏い、とげがついている。


 随分と物騒な武器ね。愛らしい女の子が持つにはいささか凶暴すぎない?


 に当たればいいと思いながら適当にぶん回しているように見えるけど、全然そんなことない。

 恐らく、今の私の状況がこうなるように計算しながら戦っているわ、この子。


 「あら、どうしてそんなに焦ったような顔をしているのですか?私のような小娘、簡単にいなせるでしょう、あなたなら。」


 闘いに浸っている人間とは思えないほどの無垢な笑顔ね。普通だったら、戦っているうちにどこかしら表情に歪みが出るもの。

 それが彼女の笑みには一切ない。清々しいほど輝く笑顔だ。


 「自分のことをって……。過小評価はやめてよね。」


 本当にただの小娘だったら、噂が独り歩きして『鮮紅令嬢』だなんて恐れられるわけがない。


 少なくない国が連携を取って情報収集するぐらいには、注目されているのよ?


 そんな令嬢が『小娘』って、頭のネジ何本外れているのだろうか。

 

 今だって、アタシの双剣をすました顔のまま鎖で受け止めているし。

 はぁ、これでも速さには自信があったのに、あっさり見破られちゃったわ。


 「ねえ、今アタシと戦っていて楽しい?」


 本来なら、闘いと言う場でこんなことを聞くのは野暮だろう。しかも、今は互いに魔法を使って、闘いはよりし烈になっているのに。


 アタシがおしゃべり好きなのもあるけど、純粋に聞いてみたかったのだ。


 大人を怯えさせる強者でありながらも、どこか子供のような純真さを持つ大人になりきれていないこの子に。


 「楽しいですけど、それよりも怒りが勝っていますね。」


 あら、目から鱗な回答ね。


 こんなにも楽しそうに闘うのだから、純粋に楽しんでいると認識していた。

 

 アタシが見えているのは彼女の表面だけだったみたいね。

 そもそも、ルイーズ嬢が貴族令嬢なことを失念していたわ。

 

 まさかの武器にとげのついた鉄球が両端に付いたモーニングスターを持ってくるから。


 エキャルラットのバトルジャンキーたちのもとで育ったからって言って、貴族としての礼儀がないわけじゃない。


 「へぇ、それはどんな理由かしら‼」

 「私は理由もなく誰かに邪魔をされるのが好きじゃないんです。」


 邪魔ね、アタシ何かこの子に邪魔をしたのかしら?

 

 ……していたわ。それはもうガッツリと。


 今振り返ってみても、初対面でいきなり決闘しようだなんて、彼女からしたら狂っていると思われても仕方がない。

 ルナシーちゃんが一緒だったってことは、あの子が城を案内しようとしていたのか何かか。


 アタシったら、おバカ。アタシが彼女を知っていても、向こうがアタシについて知らない可能性を失念していたわ。


 「つまり、アタシにキレているってわけね。OK。」


 ハハッ、これじゃ彼女が怒っていても仕方がないわね。

 

 いきなり初対面で、女装をした大男が友人のノリで『決闘しよう』なんて、不快感を抱くに決まっている。


 現に器用に両方の鉄球を勢いよくアタシにめがけて飛ばしているし。さっきよりも纏う炎の量増えてない、ねぇ。


 「半分正解で半分不正解です。」

 「へえ、その不正解は一体何のことなのよ?」


 本当に不正解の部分は何だろう。


 飛んでくる炎を纏った鉄球を避けながら考えるけど、負の感情以外抱きようがなくないか。


 「あなたにだって考えがあるんでしょう。怒りもありますが、それを考えると子供みたいにキレるのはお門違いでしょう?」


 そう言いながら、その紅い目をほんの一瞬観覧者たちの方に向ける。

 その瞳にはどこか怯えたようにアタシたちを見るアンバロ嬢がはっきり映っていた。


 まあ、戦い始めるときにアタシが匂わせていたから、さすがに気づくか。


 「さ、そろそろ決着をつけようかしら。」


 本気を出さないと、あっけなく負けちゃいそうだ。出し惜しみなんて絶対にしない。


 雷を剣に纏わせ、空を切る。黄色の閃光が彼女のもとに走っていく。

 流石に防げたとしても、竜をも穿つ雷だ。何もダメージがないなんてそんなことはないはずだ。


 勝機を狙うならばそこしかない。


 「これは、素晴らしい技術ですね。」

 「嘘でしょ、当たり前のように防ぐなんて。」 


 本当に、この子は規格外すぎるでしょ。

 傷一つないなんて、一体どんなものを食べていたらそうなるの。竜ですら一撃で死んだのよ。

 

 もう一度、放ってみてもいいけど、次は跳ね返されたりしそうだ。そうなったらひとたまりもないわ。


 決闘の場で死ぬのだけはごめんだわ。


 「いいものを見せてもらった礼として、私も全力で行かせていただきます。」


 身の毛がよだつような重厚な魔力を感じたと思った時にはもう遅かった。


 重厚な赤が、暴力的な嵐を巻き起こしながらこちらに迫ってくる。

 薔薇のように優雅に、炎のように攻撃的なそれは、確かにアタシに狙いを定めていた。


 認めるしかない、アタシではこの子に勝てない。

 フリーギドゥムと言う大国の騎士団長が情けないが、これは事実だ。


 いつの間にか、両手から武器は離れていた。


 「降参よ。いい試合だったわ、ありがとう。」


 なるべく爽やかに笑うことを心掛けるが、内心冷や汗が止まらぬ心地だ。


 あと少し、両手から武器が離れるのが遅かったらどうなっていたのだろう。


 武器が手から離れてすぐに彼女は攻撃をやめてくれたけど、頬にはあの嵐の熱の感触が残っている。


 もし、あのままだったら……。考えるだけでもぞっとするわね。


 「こちらこそ、ありがとうございました。私にとってもいい経験になりました。」


 彼女は気品のある一礼をし、去っていく。


 「名は体を現すって言うけど、まさにその通りね。」


 『鮮紅令嬢』。確かにあの暴力的な赤の支配者に相応しい二つ名ね。


 鮮やかな赤を纏い、それと共に踊る美しい令嬢。まさにその通りだった。


 「叶うならもう一度戦ってみたいわね。」


 そんな叶うかどうかわからない願いを口にしながら、闘いの中彼女が目にした場所を視界に入れる。


 そこにはいつもの傲慢さが鳴りを潜めた、アンバロ嬢がいた。


 震える体を一生懸命抱え、その身に宿った恐怖を飲み下しているようだ。

 歯がガタガタと震え、涙で落ちてしまったメイクは顔面に不気味な模様を形作る。


 ふぅ、アタシの作戦が成功してよかった。ちょっとそれに払う対価が大きすぎたけど、これであの姫ちゃんたちも大人しくなるでしょう。


 あんなに子猫みたいに怯えているもの下手な手を打つことはできないはず。


 「あの狂犬があんなにも強いだなんて、アテクシは聞いていない。一人でどうにかするなんて不可能よ、ここは本国に頼るしかないわ。」

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