第20話初めての侍女
「え、え~‼私がですか、宰相様。でも、私、クビになってしまいましたし……。」
そりゃあ、自分のことを指さしてしまうほど驚くに決まっている。
会ったばかりの令嬢の――しかも自分のもと主人と言い争っていた令嬢の、侍女をやれだなんて、無茶ぶりに決まっている。
フィリップ様は一体何を企んでいるの?
いくら彼女が侍女試験を満点で突破できるほどの才覚を持っていると言っても、これは酷い。今は傷心中だろうに。
きっと、彼女だって断るはず。――あれ、意外とまんざらでもない?
「『クビになるような私は相応しくない』と思っているのですね。」
え、そうなの?!気まずいとかではないんだ。
よくよく考えてみるとそうか。あの場所でちゃんとした扱いじゃなさそうだったし。他の侍女たちの手がさらさらなのに、彼女だけ手の皮が厚かった。
リュミエールにいた時も、クビになっていた侍女がしれっと別の主人に仕えてたことを思いだす。
侍女たちの中では割と普通のことなのか。理解できない文化だけど、そういうこともあるということにしておこう。
「事実でございますでしょう?もっと、上手く立ち回ることができていれば、こんなことには……。」
「それがあなたの考えなのですね。……エキャルラット嬢、あなたから見て、彼女はどうでしたか?」
え、私に聞くの?絶対にまともな答えを返せる自信がない。
一般的な侍女がどんなものかよく分からない。
多分、今私が考えている侍女たちは全然普通じゃない。
だって、そうでしょう?害虫駆除にゴリゴリの戦闘魔法使ったり、『お嬢様、倒れて泣いていても、敵は居なくなりませんよ』とか言う侍女。
仕事中に飲んだくれるものまでいた気がする。
私が今まで見てきた侍女たちだが、改めてこれは酷い。
「先ほど一瞬しか会わなかったので、第一印象のみでもよろしいですか?」
「もちろん、今私が聞きたいのは『外から見た彼女たちの印象』ですから遠慮なく。」
彼女たちの印象、ねぇ。正直にズバッと言っていいものかしら?
そもそも、侍女なんて真っ当に仕事をしている人の方が少ない。
ちゃんとした人ももちろんいる。
だが、特にここみたいに腐りきった人間の掃きだめの中で見つけるのは不可能に近い。
そうして考えてみると、彼女の瞳は濁らず澄んだままのような気がする。
「あの場にいた侍女たちの中で唯一、侍女の役目を全うしていたと思います。……ルナシーさん、あの時本当は体を動かせていたのでしょう?」
あの時、扇子で受け止めたときに確かに魔法を使った。
でも、体を全く動かせないほどの出力ではなく、痺れる程度に抑えたもの。
アンバロ嬢が叱っていた時には、多少違和感があれど動けたはずだ。
彼女のように怯えていても全力を出すことができるほどの実力の持ち主なら、間違いなく。
「な、なぜそれを……。」
「あの時縄を受け止めるときに使ったのは『
彼女の腕を見ると、やはり痺れによる震えはなかった。それどころか、問題なく動かせているみたい。
いくら気絶させない程度とはいえ、『衝撃ショック』よ?耐性がない人は半日痺れ続ける。あったとしても、完全に消え去るまで5時間ぐらいかかる。
実にあっぱれね。あの一瞬とも言える時間で、演技をするという判断ができるなんて、素晴らしいわ。
「そうですよ。私にはそれしか侍女としての仕事を全うする方法がなかったんです。……笑いますか、みっともない私を。いっそ、笑ってくださいな。」
あぁ、その諦めきった顔見覚えがあるわ。まるで、婚約破棄をする前の私自身を見ているみたい。
誇りを、尊厳を奪われて、何も考えたくない。もう、すべてに疲れ切ってしまった。……明るい未来なんて想像できない。
人形のように固まってしまった、笑えていない顔。
「笑うわけないじゃない。むしろ、気高いと思うわ。他の侍女たちは主人を止めるどころかそれに便乗していたものね。侍女と言うのは主人の太鼓持ちではないというのよ。」
「ハハッ、侍女学校の先生と同じことをおっしゃるのですね。……仕えられるのなら、最初からあなたみたいな人に仕えたかった。」
そんな終わりを待つように笑わないでほしい。あなたはまだ間に合うのだから。
まだ、自分の心の声が消え切っていないの。まだ、声をあげられているの。
それはあなたがあなたのままでいられているということ。
どうするのがいいんだろう。こういう時の励まし方が分からない。
でも、何か言わないには始まらない。
「私、話し相手が欲しいの。静かに読書をするよりもにぎやかに笑い合う方が好き。でも、こんな陰鬱な場所じゃできないわ。」
侍女になってほしいと、素直には言えなかった。
今の彼女にそれを押し付けるのはどうかと思ってしまったら、言葉にできなかった。
侍女じゃなくてもいい。ただ、同性の友達が欲しい。
この国のいろいろな文化を知りたい。何を食べて、何を着て、どんな建物に住んでいるのか。
そんなたわいもない日常の話がしたい。
「仕えたかった、ねぇ。今からでもいいじゃない。一つ言っておくけど、私この国を碌に知らないの。あなたが教えてくれるかしら?」
なんか、色々と考えていたらちょっと腹が立ってくる。
彼女だけが侍女の仕事をしていたのに、彼女はクビになった。そんな彼女は苦しそうに顔を歪めている。
そうだというのに、何もやってこなかった人間が。主人としての役割を放棄したか姫君たちが。
のうのうと生活しているのが許せない。
「いいのですか?私で、鈍で役に立ちきれないかもしれないのですよ。」
彼女は不安そうに、だけどどこか嬉しそうに顔をあげる。
少しは心が晴れたみたいね。やっぱり、笑っている方が何倍もいい。
胸につかえていた焦燥感がきれいさっぱりなくなった。
「あなたがいいの。どんな環境にいても誇りを忘れまいと努力したあなたがいいの。」
心のままに、素直に伝えたいことを不器用にも伝えたい人に紡いでいく。
言葉にしなきゃ、何も伝わらないから。だから、どうか。伝わってほしい。
「……はい!このルナシー・メドベージェフ。あなた様に誠心誠意仕えさせていただきます。」
彼女の震えているが明るい声が耳を通っていく。顔をあげると、そこには向日葵のような眩しい笑顔を浮かべる彼女が。
あぁ、良かった。届いたんだ、私の言葉が。
頬に温かい液体が流れて落ちていく。目から汗でも出たのか。
「ありがとう、ルナシー。これからよろしくね。」
できるだけ力を入れすぎないように彼女を優しく抱きしめる。
感謝と歓迎の意味を込めて。この思いが伝わるように祈りながら。
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