第14話白雪に包まれた帝国
「これは、圧巻ですね。雪景色がいろいろな本に書かれるのも納得です。」
窓の向こうの世界は一面の銀世界。尋常じゃないほどに吹雪く雪。その白さは周りにあるものを白く染め上げる。
もはや白すぎて眩いとはこのようなことを言うのだろうか。
馬車が大きく揺れるほど吹雪いていなかったとしたら、見える景色はきっと心奪われるものだろう。
そう思っていながらも、吹雪く雪の壮大さは凄まじいものだ。
「リュミエールではあまり雪が降らないと聞くが、見るのは初めてか?」
「えぇ、本で読んでみてから一度は見て見たいと思っていたのです。雪ってこんなにも壮大だったのですね。」
イヴァン様は雪景色をじっと見つめる私へ、どこか納得したように、そして嬉しそうに問いかける。
ガラスに張り付く雪の結晶は花のように愛らしい。その花にガラス越しからそっと触れると景色に溶けていく。
なんて、儚いのだろう。だけど、その儚さこそ雪を美しくしているのだというのか。
「俺たちにとって雪は日常の一部だ。それを楽しそうにみられるのは本望だ。」
そう彼は少し笑いが滲んだ声で言いながら、自然に私の肩に毛布を掛ける。
ゆっくりと目じりが下がった彼の瞳は、幼い子供が楽しそうに遊んでいるのを見つめているようだ。
そんなに私子供みたいにはしゃいでいたの?なんか少し恥ずかしいけど、仕方のないことだろう。
だって、この風景はこんなにも美しいのだから。
「ルイーズ嬢は本当に表情豊かだな。」
「そ、そうでしょうか?別に普通だと思っているのですが、不快なのであればやめます。」
自分ではそんなに表情が変わっていないように見えるけど……。そんなに顔にいろいろと出ているのか?
まぁ、ヴィクトルの婚約者だった頃よりは感情が表に間違いなく出ているだろう。
陛下のいないところでいびる王妃に、彼女に忖度する妃教育の教師。極めつけはそのどちらからも守ってくれないヴィクトル。
自分の身を守れるのは自分だけだったからこそ、色々偽っていたけど。
あぁ、思い出しただけでなんか腹立たしい。今もあの二人がのうのうと生きているのは虫唾が走る。
そんなどうでもいいこと、私にはもう関係ない。記憶の片隅にでも追いやろう。
「その必要はない。むしろ、そのまま花のようにころころと変わる表情をずっと見せてくれ。」
彼は背を丸め「繕われた顔は恐ろしいからな」とか細い声でつぶやく。その頬には焦りがこもった汗が一筋。
ただでさえ真白い肌を青ざめさせるほど嫌だったのか?私が貴族令嬢らしく、薄く微笑む姿を見るのが。
それとも、そんな表情に何か恐怖でもあるのだというのか。
今そんなことを聞くのは野暮か。やめておこう。人の恐怖をむやみに刺激するべきではない。
「そうですか、それならば遠慮なく。辛気臭い顔をしているよりも笑顔の方がいいですよね。」
「ありがとう、ルイーズ嬢。」
とりあえず、この話題はこれ以上話さない。そうしよう。
さっきからどことなく気まずい心地だけど、気持ちを切り替えていかなければ。
そんなことを考えながら、気分を変えるために窓の外を眺めた時だった。
「ゆ、雪が止んだ?……す、すごいですね、イヴァン様。雪が白いのは勿論、生き物までもみんな真っ白!!」
吹雪く雪が視界から消え去り、視界いっぱいに見えたのは美しくも厳しい冬の世界。
白い鳥は雪原の中で戯れ、白うさぎたちは雪に溶け込むようにじっとしている。針葉樹に積もる白い雪に、湖に張る透き通った氷。
それらすべてが目の前に広がる幻想的な世界を創りだしている。
まさに今感動で胸が震えている。
私が見ていた世界はとても狭い。そう叫んでいると感じるぐらい、私にとって衝撃的な景色なのだ。
「外に出てみるか?誰も踏みしめていないからきっとふかふかだぞ。」
「……今は遠慮しておきます。」
遊びたいと思う気持ちをぐっとこらえながら、短い言葉を絞り出す。
こんなにも真っ白でふわふわしているのが悪い。興味を惹かれないわけがない。
そんな私にとって、先ほどのイヴァン様の甘いささやきは会心の一撃だ。
「遊ぶのならやるべきことをやってからです。今は優先すべきことがいっぱいありますから。」
まだ帝都はおろか、街にも入っていないのだ。だからせめて街に入らなければならないが……。
そういえば、ルカさんを始めとして全く急いでいる感じではないが、大丈夫よね?
大雪が降るような天気だ。方向感覚や時間感覚が著しく狂ってしまう。
今が何時かは分からないけど、日が沈む前に街に入らないと野宿になる。ほぼ確定で。
「そうか。確かに今こうしている間にもやるべきことはあるからな。……ルカ、あれを使ってくれ。」
「かしこまりました。場所は帝都までですか?」
「あぁ」と短くイヴァン様が頷いたのを確認した彼は、魔法石のついている羅針盤の針をいじる。
そこに彼の魔力が流れた瞬間、軽い浮遊感に襲われる。なるほど、『
馬車の床に足が再びついたかと思うと、目の前に石造りの強大な建造物が現れる。
高い城壁に、フリーギドゥム帝国の国旗。極めつけは私たちの馬車に寄ってくる武装した兵士。
つまり、あの雪原から一気に城まで
かなりの距離があったけど、魔力消費しすぎていないかしら?
「着いたぞ、ルイーズ嬢。短くも長い旅だったな。改めてようこそ、我がフリーギドゥム帝国へ。」
彼の手を取り馬車を降りると、からっとした冷気が肌に触れる。息を吸うと頭がキーンとなる。吐いた息は白く霧散する。
馬車に乗っていた時からなんとなく想像できていたけど、帝国の人たちこの寒さに対して薄着過ぎない?
長袖を着ているみたいだけど、その生地がとても薄い気がする。
「陛下、お戻りになられましたか。随分と遅い帰還だったみたいですが、そちらのご令嬢は?」
イヴァン様の顔立ちを少し温和にしたような男がかなり慌てた様子でこちらに向かってやってくる。
何だろう、あまりよろしくない予感がする。
今目の前にいる彼は皇帝であるイヴァン様に直接話せるだけの身分だ。だから、恐らく帝国の中でも有数の貴族。
顔も似ているから血縁関係もありそうだ。となると、彼は少なくとも宰相かそこらの地位についているものだろう。
そんな彼が冷や汗を薄っすらとかいて困惑しながら私のことを見る。
「あぁ、彼女か。俺が娶ろうと考えている人だ。すまないが、他の女性を娶るつもりは無い。」
「……は?」
優雅という言葉が似合いそうな男は豆鉄砲でも食らったような顔をしたと思ったら、わなわなと震えだす。
「初対面ながらに失礼します。ご令嬢、あなたのお名前はなんですか?」
「る、ルイーズ・エキャルラットと申します。あの、大丈夫ですか?」
あれ、もしかしてイヴァン様、この人に連絡していなかったんじゃ……?
じゃなければ名前を言っただけでここまで石のように固まるなんてありえないはずだ。
「本当にそうですか?嘘じゃありませんよね?『鮮紅令嬢』と同名ですが真面目に言っています?」
「この世でルイーズ・エキャルラットは私一人だと思いますし、確かにリュミエール王国の一部の人から『鮮紅令嬢』と呼ばれていましたよ?」
これって、結構まずい事態になっているのではなかろうか。
私の前で膝をついて天を仰ぎ見る男に断じて引いているわけではない。
「誰だ、『鮮紅令嬢はムキムキでゴリラみたいにごつい顔をして女の欠片もない』だなんて虚言を吹聴したの。普通にめっちゃ美人じゃないか。」
ちょっと待って、いつから私ゴリラになったの?
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