第9話真夜中の対談、別名:怪物たちの顔合わせ ≪ルカ視点≫
お、おっかなかった~、あのご令嬢!
誰だよ、『社畜令嬢』であんまり目立たないって言った奴!とんでもねー肝っ玉令嬢じゃないか。
俺の名前はルカ。フリーギドゥム帝国現皇帝であるイヴァン様に仕える忠実な僕だ。
本来なら、皇帝陛下に仕えられるほどの身分ではないし、近づくことも許されないだろう。
だけど、『
先ほどまで、エキャルラット家に訪問していた。
『社畜令嬢』と呼ばれて、蔑まれているルイーズ嬢。そんな彼女に『冷血皇帝』であるイヴァン様の奥方が務まるとは思えなかったからだ。
「まさかあの『鮮紅令嬢』が彼女だなんて誰も思わないだろ。」
鮮紅令嬢――通称、リュミエール王国にいると言われる戦闘の天才。それが一体誰のことを指して、本当に存在するのか、何もわかっていない。
俺も戦争で様々な国を訪れて、戦った兵士たちに口々に言われるそれが虚構であるとしか思わなかった。
だからこそ、卒業パーティーで国王が彼女を『鮮紅令嬢』と呼んだ時は本当に衝撃で思わず体が固まった。そして、その後ヴィクトル――あのぼんくらを殴ったときには、もう乾いた笑いしか出なかったね。
「確かにあの立ち振る舞いは普通の令嬢ではないわな」
彼女が歩くとき足音が全くしないのだ。
たとえいきなり求婚されて思考がショートしていても、豪奢なドレスを着飾っていても。どんな時でもだ。
そんな諜報にでも使うような技術、普通なら持っていないしできない。
「まあ、今帝国にいるどの令嬢がイヴァン様の妃になるぐらいなら、彼女が妃になった方がいいなぁ。変な真似はしなさそうだし」
おっかない人だったけど、人への敬意を忘れないところは彼女の美徳だと思う。
ぜひとも、彼女の前では年若な乙女みたいな対応をするイヴァン様には頑張ってほしい。
*
「イヴァン様、ただいま戻りました。……あの、一体何が起こっているんですか?」
「ん?あぁ、我々がこれからの交渉で優位に立つための切り札をと思ったが、効果がありすぎたな」
ニコニコと微笑むイヴァン様、対して明らかに何かに殺意を抱いている男女。あれ、この男女誰かに似ているような……。
男の方はさっぱりとした赤髪の短髪に切れ長の紅い瞳。女の方は黄金を伸ばしたような金の髪に圧力を感じるほどの目力のある瞳。
……もしかして、ルイーズ嬢のご両親?
「ふーん、だから私たちを至る所の国境に飛ばしたのね。私たちがいたら自分の思い通りにならないから。あの子を乏しめるために。……一体、何様のつもりなの?」
「『社畜令嬢』、か。誰のせいでそう呼ばれるようになったのかもわからんのか。そんなことが分かっていたら晴れ舞台で婚約破棄などせんか。」
やっぱりそうだ。
穏やかそうに見えながら、心の奥底で憎悪の炎を燃やすような怒り方。
あのパーティーで王子に対して接するルイーズ嬢とそっくりだ。
「それで、ヴォルコフ閣下。私たちにこれを見せて何をお願いしたいのかしら?」
憤怒を笑みに蓄えながらエキャルラット夫人は問う。美人の怒りって圧があるんだよな。それを分かってきっと彼女は微笑んでいる。
「ヴィクトル王子の王位継承権を剝奪する手伝いをしてほしい。彼に王になられるのはこちらとしてはいろいろと不都合だ」
「……あなたが手を汚さずとも、彼は臣下に、いや、平民になるでしょうから。無為にやる必要はない。」
先ほどまで沈黙を貫いていたエキャルラット侯爵がきっぱりとそう言い切った。それに同意するように夫人も小さく頷く。
え?なんでそんなに冷静でいられるの。
彼らにとって、自分の国の王子が位を落とすって相当な事態のはず。
それなのに、問いかけたはずのイヴァン様よりも冷静なのって何事なんだ。そして、さらっと重要な情報を言うな。
イヴァン様の持つ紅茶のカップがフルフルと震えているでしょうが。意外と、想定外の事態に弱いんだこの人。
「ルカさん」
「はい、何でしょうか。エキャルラット夫人」
「さっき、我が屋敷に行ってきたのでしょう?あの子はどんな様子でした?」
さらりと名前把握されているし、訪れていたことも知られている。本当に何なんだこの一家。
ルイーズ嬢の様子?あぁ、母親として娘の様子は把握しておきたいのか。
屋敷を離れていたのも短い期間じゃなさそうだし、何よりかなり親ばかそうだ。
「変に落ち込んでいる様子はありませんでしたね。そのなんと言うか、パーティーで見かけた時よりも自信に満ち溢れていました。」
とりあえず抱いた印象をそれとなく伝えてみたけど、彼女は俯く。
彼女は悲しみに打ちひしがれているのか、肩を震わす。
「アハハ、それなら大丈夫ね。王妃ったら、あの子の心を支配できるとでも思っていたようだけど失敗したみたいね。本当に馬鹿みたい。フフフ、ハハハハハ!!」
もうすべてが面白いとでも言いたいように彼女は笑う。そんなに笑いすぎたら息もできないんじゃと突っ込みたくなるくらいに。
イヴァン様も旦那さんも困っていますよ。……え?二人とも真顔で彼女の様子を見守っている。
「彼女は一度笑いだすとなかなか収まらないのだ。」
ボソッとイヴァン様に告げられて納得する。
そりゃ、旦那さんは慣れているわ。スマートにハンカチとか差し出しちゃったりして。
「私も、エキャルラット家の皆はヴィクトルとの婚約を反対していたし、あの子も乗り気じゃなかった。王命という手段で押し切られたがな。でも、そうして得た婚約も自らどぶに捨てたんだ。笑えて来るだろう?」
少しだけ笑みを浮かべ、「あの子はヴィクトルについて何か話していたか?」と聞かれ、あることを思いだす。
そういえば、ルイーズ嬢はヴィクトルに未練があるなど一言も言っていなかったし、話してもいなかった。
「焦っているのは国王陛下だろうな。あの方はあの子のことを一等気に入っていたし、本当なら愛息子である王太子と婚約させたかったのだろう。しかし、それも叶わないし叶わせない。」
どこか冷めた目でそう言う彼に同意するしかない。
卒業パーティーでの一幕を見る限りそうだろう。外からきて内情をよく把握していない俺たちでもわかることだ。
婚約破棄に関する事実確認を実の息子ではなく、ルイーズ嬢にやっていた。その時点でとっくに国王は見限っている。
「ただ、その時点で間違いなく我が子たちは巻き込まれるだろう。それだけは避けたい。」
どこか遠くを見据えた侯爵は立ち上がり、帰り支度をする。先ほどまで笑い呆けてた夫人も共に。
その前にこちらに振り返り、ニンマリ顔でこう告げた。
「でも、こんな小細工なんてする必要ないと思うわ。正々堂々、あの子にあたって砕けてらっしゃい。大丈夫よ、あの子はあなたが思うよりも冷たくないわ。」
「いつから気付いていたのですか?」
「最初からに決まっているじゃない。私たちを出し抜こうならもう少し腹芸を覚えなさい。」
あ、知っていたんだ。イヴァン様がルイーズ嬢に求婚していたの。
夫人は魅惑的な笑みをこちらに向け、『
「はぁ、俺はまだまだだな。いつまでもあの怪物たちに勝てる気がしない。」
俺からすればあなたも十分怪物ですけどね。
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