鮮紅令嬢は人生を謳歌したい~波乱万丈な人生に異国の皇帝を添えて~
ほっとけぇき@『レガリアス・カード』連載
1章
第1話婚約破棄
「ルイーズ•エキャルラット、本日をもって貴様との婚約を破棄する。」
栄誉あるリュミエール王国学園の卒業パーティー。
絢爛とした広間、色とりどりのドレスを纏った令嬢たち。この国の栄華を集めたような空間であった。
賑わいを見せていたパーティーは、その主役とも言えるリュミエール王国の第二王子であるヴィクトルの一言で、その場は時が止まったような静寂に沈む。
ヴィクトルはその端正で美しい顔立ちをひどく歪めている。怒りを噛みしめ、外に出さないよう耐えるように。
王子の怒号に驚いた者たちは、王子を一瞥してから彼の指さす方を向く。
彼の怒りの矛先は今はまだ彼の婚約者であるエキャルラット侯爵の娘、ルイーズだ。
ギャラリーにいたのはルイーズを嘲笑う者、または憐れむ者。しかし、その中には彼女を憂う者はいなかった。
お世辞にも綺麗に結われているとは言い難い金髪の三つ編みに、丸眼鏡。その身に纏っているのはバラのように上品で華やかな赤色をしているドレス。
一見おとなしそうな見た目でもその背筋はスラリと堂々と伸ばしている。
そのひどくアンバランスでこの場に相応しくない装いに、ヴィクトルはさらに青筋を立てる。
その渦中にいる彼女はと言うと苛立ちを見せるのでもなく、泣き出すわけでもなく、冷静だった。
例えとんちんかんな服装を着ていてもその姿勢はひどく優雅で気品がある。
「おい、ルイーズ。貴様何か言ったらどうなんだ?『社畜令嬢』と呼ばれるお前は俺の指示がなければ何もできないのか。」
怒りに震えるヴィクトルを横目にルイーズは扇子を盾に1つため息をつく。
怒りに震えるヴィクトルを見て何も思わない自分自身か、このような場で婚約破棄を宣言することの意味が分かっていないヴィクトルにたいする失望なのかは彼女自身にしか分からない。
婚約破棄を宣言する王子、それに対して何も思わない令嬢。
本来はめでたいはずの卒業パーティーが異様な空気に呑まれていく。
「はぁ……、了解いたしました。それなら後日、王家でしっかりと話し合いましょう。今日はせっかくのパーティーなのです。私たちのせいで白けてしまってはいけませんでしょう?」
芯のある声が沈黙のなかをスッと通り抜けていく。鳥のようにか細くなく、かと言って獣のような下品な声でもない。
ルイーズは微笑みを浮かべながら一礼をしてこの場を去ろうとする。
それはもう憑き物がとれたようなスッキリとした顔つきで。そのあまりにも完璧な一例は一種の美術作品のようだ。
『社畜令嬢』と呼ばれようが、ヴィクトルに相応しくないと言われようが、ルイーズだって立派な貴族である。
しかも、リュミエール王国の貴族の中でも上澄みともいえるエキャルラット家の令嬢だ。
誰だって、矜持はある。ルイーズはこの卒業パーティーという門出で『婚約破棄』という名の泥を塗られたのにも等しい。
故にこの場から去ろうとするルイーズの行動は間違ったものではない。
しかし、ヴィクトルはそれを察することもままならない。
「自分が犯した罪から逃げるつもりか、ルイーズ。」
「私が犯した罪、ですか?」
ヴィクトルはルイーズのそっけない態度にさらに歯を食いしばる。
まだ、正義感の強い王子という仮面は被れているようだが、簡単に剥がれ落ちるだろう。
一方でルイーズは余裕綽々な様子でヴィクトルの方に向き直った。もう帰りたいと言う本音を隠した笑みを浮かべながら。
「貴様、ミラのことを苛めていただろう。見た目がよくないからって可愛いミラのことを嫉妬で苛めるとはな」
そう言いながらヴィクトルは1人の少女の肩を抱き寄せる。
少女は桃色の目に涙を浮かべながらルイーズを見る。まるで、怪物でも見るような恐怖と軽蔑が混ざったような目で。
「ヴィクトルさまぁ、ルイーズ様が怖いですぅ。どうにかしてくださいぃ。」
「あぁ、私の愛おしいミラ。この僕があの邪悪なやつを打ち負かせてみせよう。」
その様子はさぞヴィクトルの庇護欲を高めるようで、目尻に涙を浮かべながら彼女を抱き寄せる。
パーティーに参加している学生たちの多くは大きくため息を吐く。
二人のこのような大げさな芝居がかった会話は、くどくてたまらない。しかし、それを指摘する勇気があるものは誰もいない。
きょとんと、二人の様子に大きく目を見開いたルイーズを除いて。
「あの、そのミラさんと言う方に会ったのは今日が初めてなのですが、どうやって私が苛めたと?」
目の前で繰り広げられる茶番劇に割って入るようにルイーズは淡々と問う。
ルイーズはその眼鏡越しの紅い瞳をゆるりと細めながら二人を見やる。珍獣を見るような目つきでくまなく観察するのだ。
ルイーズの反応が予想外だったヴィクトルは地団駄を踏みながらルイーズに叫ぶのだ。
「ミラが金髪の女子生徒に殴るけるなどの暴行を受けたと言っている!それは本当に痛ましくて仕方がなかった。他にも教科書を破られたり、階段から突き落とされたりもしたんだ。」
ヴィクトルは鼻息を荒げながら自信満々にそう告げる。しかし、周りの空気は冷めるばかり。
ルイーズに至っては頭を抱えてしまう。ここまでこの王子は頭が緩かったのかと。
「貴様、なんだその態度は。何がおかしい。」
「ええ、おかしいですね。だってその時間はあなたの代わりにあなたがやるべき仕事をやっていたのですから、アリバイはありますし、
そもそも、この学園に何人の金髪の女生徒がいるとお思いで?」
扇子を口で覆いながらルイーズは淡々と、哀れなものを見るような目でヴィクトルに告げる。
彼女の暴露にパーティーの参加者たちは今日一番のざわめきは大きくなるばかり。
「『社畜令嬢』でしたか。ずいぶんと滑稽な名前ですね。誰のせいで社畜になったことか。」
自らを皮肉った言葉を放ったルイーズはただただ乾いた笑みを浮かべるしかない。
ヴィクトルのためを思って身を削って頑張っても彼は見てくれない。そう彼女が気づいたときにはもう、すべてが手遅れだったのだ。
「でも、まぁぴったりですよね。私はあなたにとって都合のいい家畜のようでしかなかったのだから。」
どこか泣きそうな震えた声で言うルイーズは、何もかもを諦めたかのように冷めていた。
今にも崩れ落ちてしまいそうな様子は、彼女が本来持つ激情を上手くひた隠す。
そんな様子を見てもヴィクトルはルイーズを糾弾しようとするのをやめない。彼にとって自分が正義でルイーズが悪なのだから。
しかし、彼は予想できなかっただろう。その罵声ののちにルイーズに殴り飛ばされることなんて。
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