休日デート

 月日は進み、5月初頭のGW初日。俺はよそ行き用の服を着て駅に居た。


 どうして俺が駅にいるのかというと…真鍋に誘われたからだ。切符を買い、駅ホームへの階段を昇りつつ、昨日の事を思い出す。



○○〇



「し、白石君ってGW何か予定ある? 家族と旅行とか…」


「んー…特にないかな? 多分家で漫画読んだりアニメ見たりゲームしたり。まぁ予定が合えば彰春…友達と遊ぶ程度かな?」


「じゃ、じゃあさ。GW1日だけでいいから私の練習に付き合ってくれないかな?」


「別に構わないけど…何をするんだ?」


「ホントに!? えっとね。2人でデート…××市の方に遊びに行ってみない?」


 「××市」とはウチの県の県庁所在地だ。


 県庁所在地というだけあってウチの県で1番発展しており、店や遊戯施設の数も多い。俺たちの住んでいる町からは少し遠く、電車で片道30分はかかる。


「それならOKだ。2人で××市まで遊びに行くんだな?」


 俺はあえて「デート」という言葉を使わなかった。


 理由は以前も話したが「デート」という言葉は真鍋の想い人のために取っておいて欲しいからだ。俺は彼女の正式な恋人ではなく、ただの協力者だからである。


「うん。明日から××市にあるアニメショップで『田舎町に住む佐藤さん』のフェアやるの。だから覗いて見たくて」


「へぇ~。それは俺もちょっと見てみたいな」


「でしょ?」


 『田舎町に住む佐藤さん』。ジャンルとしては日常系アニメに分類される。特に何の変哲もない主人公「佐藤さん」の私生活を描いた作品だが、それがなぜか大ウケし、今期の圧倒的人気アニメとなっていた。


 しかもこの『田舎町に住む佐藤さん』。作者が××市の出身であり、佐藤さんの住む町は××市をモデルに描いたとされている。その恩恵にあずかろうとアニメショップはこぞってフェアを開催しているようだ。


「明日の午後1時に駅に集合ね」


「分かった。午後1時だな」


 そう約束して俺たちは別れた。



○○〇



 駅のホームに着いた俺は真鍋の姿を探す。


 ところが彼女はまだ来ていないようだった。あの髪で顔を隠した特徴的なスタイルを見間違えるはずがない。


 スマホを取り出し、時間を確認する。ただいまの時刻は午後12時50分。約束の時間までまだ10分もある。俺はホームにある柱に背をたれさせ、彼女が来るのを待った。



○○〇



 …待ち合わせの時間である午後1時を過ぎた。再びホームを見渡し、真鍋の姿を探す。


 しかし、彼女の姿は見えなかった。


 「××市行き電車」の発車時刻は午後1時8分。そろそろ来ないと電車に間に合わない。


 この電車を逃すと次に××市方面に向かう電車が来るのは午後2時21分。1時間以上も待ちぼうけを食らう事になってしまう。田舎は電車の本数が少ない。


「ご、ごめ~ん!」


 少し焦りを感じ始めていたその時、階段の方向から真鍋の声が響いた。やっと到着したらしい。彼女は大急ぎで階段を昇ってきている。


「ご、ごめんね白石君。ちょ、ちょっと寝坊しちゃって…。はぁはぁ…。はぅわ!?」


「危ない!」


 ところが急ぎ過ぎたためか、彼女は足をつまずかせて転げそうになってしまう。俺は急いでバランスを崩した彼女を受け止めた。


 …結果的に、また彼女を抱きしめるような形になってしまった。


「あ、あ、あ…。くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?」


 思った通り真鍋は顔を真っ赤に染め、意味不明な呪文を唱えながら俺から飛びのく。


 …男性に対して耐性が無い女の子を短期間で2度も抱きしめてしまった。以前気をつけようと決意したばかりなのに。


 真鍋は優しい子だからセクハラで訴えるなんてことはしないだろうけれども、びっくりさせてしまったのは事実だ。俺はすぐさま謝罪した。


「す、すまん。とっさに手を出したらこうなってしまった。許してくれ」


「う、うう、うん。わわわ、分かってるよ。ぶっちゃけ嬉…んだけど。いき…りは私の心臓がも…ないよぉ」


「え? 何か言った?」


「う、ううん。何でもない。し、白石君、受け止めてくれてありがとう」


 彼女が小声で何かを言った気がしたが、俺には何を言ったのか聞き取れなかった。


「………」


「………」


 次に何を話せばいいのか分からず、しばらく2人の間に気まずい空気が流れる。


 これから遊びに行こうというのに、しょっぱなからこの空気は不味い。


 そう思った俺はこの空気を変えようと他に何か話題はないか探した。


 そして…見つけた。真鍋が非常に可愛らしい格好をしている事を。


 女の子はお出かけの際の服装を褒められると非常に喜ぶと聞いている。この空気を変えるにはうってつけの話題だ。


 本日の彼女の服装は春らしい爽やかな色合いをした水色のワンピース、そしてその上に白いカーディガンを羽織っていた。頭には可愛らしいベレー帽。


 それだけでも十分可愛いのだが、意外な事に彼女は以前俺がプレゼントしたヘアピンを髪につけ、そのキュートな顔を半分だけ露出させていた。


 彼女は先ほど抱きしめられた際の動揺がまだ解けないのか、頬を紅潮させてこちらを上目遣いで見上げている。


 そのあまりに可憐な姿に俺は自分の心臓が高鳴るのを感じた。


 ヤバい…マジで真鍋が可愛い。


 ただでさえ美少女の彼女が今日は更に可愛らしい服装をしている。まさに虎に翼、鬼に金棒。可愛いが限界突破している。


 真鍋とは気も合うし、話していて面白い。


 …もし、彼女と付き合えたなら幸せだろうな。


 ふと、頭にそんな考えがよぎった。


 しかし俺はその感情を胸の奥にそっとしまい込んだ。 


 彼女にはすでに好きな人がいるのだ。そして俺は彼女がその好きな人に告白できるよう援助しているだけの協力者に過ぎない。


 俺の中で新たに産声を上げたこの感情は絶対に成就する事は無い。可能性ゼロパーセント。うぬぼれた感情は時として自分を破滅に導く。


 絶対に成就しない感情にうつつをぬかすよりも、今は自分の仕事をするべきだ。


 俺は協力者として彼女が想い人に告白できるよう、自信をつけさせなければならない。それが俺の役割だ。


 頭を振り、思考を切り替えた俺は彼女の服装を褒め称えた。


「真鍋、今日の服スッゲェ可愛いよ」


「ふ、ふぇ!? ホ、ホントに!? お世辞じゃなくて?」


「お世辞じゃねーよ。多分今日の相手が俺じゃなくても同じ感想を抱くと思う」


 俺の賞賛に対し、真鍋は照れくさそうに頬を紅潮させた。


「あ、ありがとう。白石君にそう言って貰えて本当に嬉しい。昨日、深夜2時まで起きて選んだ甲斐があったよ。だから寝坊したんだけどね。あはは…」


「もっと自分に自信を持ちな。真鍋は可愛いんだ」


 何かの本に女性は「可愛い」と褒める事で自信がつくと書いてあったのを思い出した。だから俺は真鍋に自信をつけさせるために褒め殺しする作戦に出た。


「も、もぅ! また可愛い可愛いって…。私、そう言うのに慣れてないからあまりドキドキさせないで…」


 そうは言いつつも真鍋は嬉しそうだった。ヘアピンで顔が露わになった事により、彼女の表情が分かりやすくなったのは俺にとっても良い事だった。


『え~…1番乗り場に列車が参ります。 白線の内側でお待ちください』


 そこで丁度、俺たちが乗ろうとしている電車の到着を告げるアナウンスが入る。


「お、電車が来たみたいだな」


「う、うん…」


「せっかく遊びに行くんだ。今日は思いっきり楽しもうぜ?」


「うん!」


 俺と彼女は電車に乗り、目的地を目指した。



◇◇◇

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