昼休みの会合 前編

「圭太、飯食おうぜ!」


 次の日の昼休み。授業終了のチャイムが鳴るやいなや、黒髪短髪の男が俺に声をかけてきた。


 彼の名前は竹中彰春たけなかあきはる。現状このクラスで唯一と言っていい俺の友人だ。


 彰春とは高校1年の時からの付き合いで、最初の席替えでたまたま隣の席になり、彼もどちらかというと陰キャに属する男子だった事から仲良くなった。


 1年の時は他にもまだ友達と言える奴はいたのだが、クラス替えで全員別のクラスになってしまった。なのでこのクラスで仲が良いと言えるのは彼だけである。


「すまん、今日は一緒に食えない」


 基本的に俺と彰春はいつも一緒に昼食を取っている。しかし今日は別の人物との先約があるため、彼とは一緒に昼食を取れなかった。


 その事を彼に伝えようと思っていたのだが、向こうから声をかけてくれたのでその手間が省けた形になる。


 …ちなみにその先約を交わした人物とは真鍋だ。


 昨日、俺と真鍋は別れ際にお互いの連絡先を交換した。そしてその日の夜に早速彼女からメッセージが届いたのだ。


 それには「話したい事があるから明日の昼休み屋上に来てくれないかな?」と書かれていた。


「なんか用事か?」


「ああ、ちょっとな」


 「真鍋と一緒に飯を食う」とは言わなかった。彼女との関係はできるだけ秘密にしてくれと頼まれているからだ。


 通学時にコンビニで買ったパンとジュースの入ったビニール袋を持ち、椅子から立ち上がる。


「まさかお前…彼女でもできたか? …いや、それは絶対ないな。圭太だし」


「うるせぇ」

 

 彰春の軽い冗談をいなしつつ、教室を出た。友人にこのように言われるぐらい、俺には女っ気が全くない。自慢ではないが、女友達ゼロである。


 廊下を歩く途中、ふと真鍋の顔が連想された。


 彼女は友達にカウントしてもいいものか。いや、むしろ「恋人の練習」をするという俺と彼女の奇妙な関係を世間一般的には何と言えばいいのだろう。


 友達…とはちょっと違うと思うし、恋人は明らかに違う。協力者…が1番近いだろうけれども、なんか言い方が怪しい。


 そんなある意味哲学的な事を悩んでいると、俺はいつの間にか屋上へ続く階段の前まで来ていた。


 階段を昇り、金属製の扉に手をかける。「キィ」と錆びた音と共に扉が開き、外から春の暖かい風が校舎の中に流れ込んだ。


 何とも爽やかな風だ。この時期の風は本当に気持ちが良い。いつまでも浴びていたくなる。


 風が一旦止んだのを機に足を前に進めた。何気に屋上に上がったのは初めてだった。今まで来る機会が無かったのだ。


 屋上に足を踏み入れた俺は軽く辺りを見渡した。他に人の姿は見えない。こんなに気持ちの良い天気なのだから外で食べる人がいても良さそうなのだが。


「白石君、こっちこっち」


 右側から声が聞こえたので、そちらを振り向く。見ると真鍋がベンチに座って手を振っていた。こちらも軽く手を上げて挨拶を返し、彼女の隣に腰掛ける。


「ご、ごめんね、わざわざこんなところまで来て貰って」


「いや、全然構わないよ。…ここ、いい場所だな。風が気持ち良い」


「でしょ? 私の見つけた穴場なんだ。なんでか人が全然いないの」


「いつもここで食べてるのか?」


「…たまにかな。いつも一緒に食べてる友達が休んでる時とか、あとは1人で食べたい時とか」


「へぇ~」


 彼女の言葉に相槌を打ちつつ、ビニール袋からあんパンを取り出して封を破った。彼女には申し訳ないが、3限目が体育の授業だった事もあり腹ペコだったのだ。


 パンをかじりつつ、彼女に用件を尋ねる。


「それで…なんで俺をここに呼び出したんだ? 例の恋人の練習の件か?」


 恋人の練習を手伝う旨については了承したが、具体的に何をするのかまでは聞いていない。その詳細を詰めるために呼び出されたのだと予想していた。


「あ、その…うん。そう」


 真鍋は俺の問いに対してしばらく押し黙っていたが、やがて両手を握りしめ、覚悟を決めたようにこちらを向いて言葉を放った。


「あのね、白石君には…そ、そのぉ、私に恋人ができるよう、実際に恋人らしい事をして男の子に対する耐性をつけて欲しいの!」


「実際に恋人らしい事?」


「え、えっと…で、デートしたりとか…。あぁ…と言ってもそんなに本格的なのじゃないよ? 一緒に買い物に行ったり、遊んだり…その程度。…それ以上は私の心臓が爆発しちゃうから」


「それくらいならお安い御用だけど…」


「ホントに!?」


 誰かと遊びに行ったり、買い物に行ったりは陰キャの俺でも経験がある。その程度の事で練習になるのなら安いものだ。


 もっと難しい事を要求されるかと予想していたので拍子抜けした。


「でも真鍋は俺でいいのか? 言っとくけど、恋愛経験とかゼロだぞ?」


「へ? そうなの? あ、でも私的にはそっちの方がありがたいと言うか。誰かと比べられるのが嫌というか。むしろ独占できて良いっていうか。…私何言ってるんだろうね。あはは…」


「なんなら昔彼女がいた奴を紹介しようか? そいつの方がもっと良い意見を言ってくれるかもしれんし…」


 俺の友達は基本的に陰キャしかいないが、それでも彼女がいた奴は少数だけど存在する。


 恋人を作るアドバイスが欲しいのなら、そっちに頼んだ方がいいのではないかと思い提案してみた。


「そ、それは大丈夫! 私は白石君が良いから!!!」


 ところが俺の提案に対し、彼女はものすごい勢いでそれを拒否した。そのあまりの勢いに思わず右手に持っていたパンを落としそうになる。


 お互いの顔の距離が近い。10センチも離れていないのではないだろうか。


「あ…。あ、あ、あ…」


 数秒後、俺たちの距離が異常に近い事に気が付いたのか、真鍋は慌てて距離を取った。


 彼女の顔は長い髪で隠れて見えないが、首筋は赤くなっている。おそらく異性に近づきすぎたせいで恥ずかしかったのだろう。


「ご、ごごご、ごめんね。ちょ、ちょっと勢いつけ過ぎちゃった。えっと、その、ほら、私と白石君って趣味が似てるし気が合うじゃん。だから…白石君が良いなって…」


「お、おう…。分かった」


 彼女は早口でまくしたてながらそう述べた。


 異性が苦手という事なので人見知りも激しいのかもしれない。だから現時点でそこそこ話せる仲である俺を練習相手に選んだ。


 そう解釈する事にした。



◇◇◇


すいません、書いていて長くなったので前編と後編に分けます

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