第14話 王の御前へ
門兵を殴り倒した後、何事かと他の兵士も数人現れた。
俺は、すぐさま取り押さえられ、両腕を兵士にがっちり掴まれる。
「リオ様ぁ……!」
涙声のシュエル。
「リオ……お前はそういう奴だったな。少しでもやる男だと期待した私が間違っていた」
冷たい青の瞳でイレーネが吐き捨てる。
さすがの戦闘キャラ、イレーネ・アークブレイドもここは無抵抗で兵士に確保されていた。
「ちょ、ちょっと待て! マジでこっちの選択肢で正解なんだって!」
理由は分からんけど、ホントこれでいいはず!
必死に抗弁する俺。
が、その前に一つ引っかかりがあった。
「てか、イレーネ……今、初めて俺のこと名前で呼んでくれた?」
「っ――!」
イレーネの頬がかすかに赤くなる。
そして顔をそむけ、唇を噛んでから吐き捨てるように言った。
「ど、どこで嬉しがってるのだっ!」
照れ隠しの罵倒か。
うん、悪くない。
イレーネも良く見りゃかなりの美人だし、照れた時なんて普通の女の子みたいで可愛いよな。
「え、いや、だってさ、今まで矮小な男としか言われたことなかったし……」
「静かにしろ!」
兵士の怒声が響き、場の空気は一瞬で締め上げられた。
そんな怒らなくてもいいのに。
だってここ、街中だぜ?
それも立派な街。
目の前に広がるのは、石畳がどこまでも続く大通り。
両脇には白い石造りの建物がずらりと立ち並び、尖塔や鐘楼が空を突くようにそびえている。
シリオン村の木造家屋なんて、ここに比べればただの物置小屋だ。
通りを行き交う人々も、明らかに数が違う。
豪奢なマントを羽織った商人、宝石を身につけた貴婦人、荷馬車を引く労働者や、子どもたちのはしゃぐ声。
人と声と匂いがごった返し、まるで祭りの日みたいに喧騒が絶えない。
大通りの先には、大理石でできた巨大な噴水広場が見えた。
水柱がきらめき、周りでは大道芸人が火を吹き、吟遊詩人がリュートを奏でている。
完全にファンタジーの大都会。
ゲーム画面で見てたのより、ずっとリアルで圧があるぞ。
だが同時に、やっぱり軍事国家なんだなとも思った。。
広場の角では鎧に身を包んだ騎士団が馬を引き、槍を持った兵士たちが規律正しく行進している。
市民は気にも留めず買い物を続けてるけど、その存在感はやっぱり半端じゃない。
「わぁ……!」
隣のシュエルが街を見渡し、目を輝かせる。
「観光してる暇はないぞ。歩け」
背後から兵士に小突かれ、俺は現実に引き戻された。
そうだ、これは観光客じゃねぇ。
俺は今、囚人。
これから案内されるのは城の牢獄。
……いやいや、ゲームと全然違ぇじゃん。
* * *
ガシャーンッ。
鉄格子の扉が音を立てて閉ざされ、重たい錠前が掛けられた。
「ここで大人しく待っていろ。采配が下されるまでな」
兵士は冷たく言い放つと、足音を響かせて去っていく。
残されたのは、俺とシュエルとイレーネの三人だけ。
石の壁に囲まれた牢獄の中には、粗末な木製のベッドと、隅に置かれたむき出しの壺――つまりトイレがひとつ。
「えっ、もしかして……ここで、用を足さなきゃいけないんですかぁ……?」
シュエルが青ざめ、涙目になって声を震わせる。
俺は壺を見つめ、ふと呟いてしまった。
「まさか目の前で女性トイレシーンを見ることになるとは……」
「リオ様ぁぁぁぁぁ!!」
シュエルは顔を真っ赤にして両手で塞ぎ、
「リオ!」
イレーネが即座に剣呑な眼差しを俺に寄こす。
「やぁっ! 冗談だって」
姉さん、マジで目が怖いって。
ビビりすぎて変な声出ちゃったよ。
「もちろんお前は後ろを向くのだぞ?」
「大丈夫大丈夫。俺、音だけでも全然じゅうぶ……って冗談だってば。もちろん後ろ向くよ、任せて?」
「…………」
イレーネは盛大に額へ手を当てて、深いため息を漏らした。
「もう、リオ様の、えっち……」
よし、まぁ赤面するシュエルを見れたので、冗談はこの辺にしておこう。
しばらく経つと、牢内に漂っていた羞恥やら緊張やらの空気はどこかへいった。
静かな空間の中、俺は背中を壁に預け、深く息を吐いた。
えっと……この後って、どういう展開だったっけなぁ?
本気で思い出そうとするが、記憶が曖昧だ。
ラストリクエストの初期イベントなんて、当時は適当に流し見してた。
だから大まかな概要くらいしか覚えていない。
「こんなことなら、ちゃんと読んどくんだったわ」
同時に、胸の奥に不安がじわじわ広がっていく。
この状況、もしかして――
……やっぱ、選択間違えた?
攻撃を選んだはずが、捕まって牢獄送り。
これじゃ進行しようがない。
心臓がどくんと鳴る。
頭では「大丈夫、原作通りのルートに戻るはず」と思いたいのに、感覚的にはどうにもフラグをへし折った気が否めない。
冷たい石床に座り込みながら、俺はひとり、押し寄せる不安に飲まれていった。
カツン、カツン――。
牢の外から足音が近づいてくる。
「シリオン村の者ども。国王陛下がお呼びだ」
兵士の低い声が牢内に響いた。
「え、もう?」
思わず声が裏返る。
もっと数日くらいは放置されて、絶望感を味わうのかと思ってたけど。
「予想より……ずいぶん早いですね」
シュエルが胸に手を当て、不安げに呟く。
「王の采配が下った、というわけか」
イレーネも眉をひそめる。
俺は心臓が跳ねるのを必死に抑えながら立ち上がる。
重たい鉄扉が軋みをあげて開いた。
兵士に促され、地下牢から石造りの階段を上がっていく。
じめじめした湿気とカビ臭さに満ちていた牢獄とは打って変わって、階段を抜けた先の空気は澄んでいた。
壁には煌々と松明や魔導灯が灯され、磨き込まれた石床が光を反射している。
さらに奥へ進むと、床は赤い絨毯に変わり、廊下の両脇には鎧を着込んだ甲冑像やよく分からない絵画がずらりと並んでいた。
まさに「王城」って感じ。
「前を向け。王の御前に行くのだ」
兵士に促され、俺は慌てて視線を戻す。
やがて正面に、巨大な扉が見えてきた。
漆黒の木材に黄金の装飾が施され、両脇には屈強な近衛兵が二人ずつ立っている。
「ここが……王の間……」
マジで、ただただ怖いんだけど。
ごくりと喉を鳴らした瞬間、兵士の合図で扉が押し開かれていく。
中から溢れるのは、圧倒的な気配と光。
俺たちはついに、エルドラン王国の王――グラディウスの待つ間へと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます