第五章 七話 紫炎の舞台

紫炎が広場を揺らし、空気が唸る。

 キャシーは笑顔のまま、指先をひらひらさせた。舞台の幕開けを告げる役者のように。


「始めよっか! ファイアショーの開演だよ!」


 次の瞬間、紫炎が糸のように伸び、四方八方から襲いかかる。


「来るわよ!」ティナの声が飛んだ。

 小さな光障壁がいくつも編まれ、斜めに張られて炎の軌道を逸らす。火線は壁に弾かれ、空気を焼くだけで済んだ。


「ありがとう、クリス!」カイムは跳び込み、炎の隙間を縫ってキャシーへ迫る。

 だがキャシーは軽やかに後ろへ回り、くるりとスカートを翻す。

「遅い遅い!」

 火花のように散った炎が再び束となり、槍のごとく迫る。


「下がって!」ティナの叫び。

 モルドが飛び出し、聖騎士の契約の光を剣に纏わせて弾き払う。炎が散り、焦げた空気の匂いが鼻を突いた。


「毒は効かん。だが熱は……」額に汗を滲ませながら、モルドは低く唸る。


 ルーカスが片手を振り、紫炎に意志を重ねた。

「……なら、返すまでだ」

 炎の糸が逆流し、キャシーの足元で小さな爆ぜを起こす。


「おやおや、やるじゃん!」キャシーは驚いたように手を叩いた。

「でもねぇ、アタシの紫炎は人間が弄んでいい火じゃないんだよ!」


 炎が螺旋を描いて噴き上がり、空を紅紫に染める。

 それでもルーカスは退かなかった。手を広げ、渦の一部を切り離し、相殺する。

「まだ抑えられる!」


 その隙にカイムとモルドが突撃する。

「一気に押すぞ!」

 刃と刃が交錯し、キャシーのローブの裾が裂ける。金の瞳が、初めて鋭く細められた。


 ――だが。


 石畳がぱきりと音を立て、次の瞬間、赤熱を帯びた。

 キャシーは楽しげにくるくると指を回す。

「ステージは炎だけじゃないんだよ! 床もほら――溶けちゃえっ!」


 地面がぐずぐずと崩れ、岩が溶けて溶岩と化す。赤黒い液状がじゅうじゅう音を立て、あたりに立ちのぼる熱気は障壁越しにも刺すようだ。


「溶岩……だと……!」モルドが後退する。

「近接戦は無理だ!」カイムが舌打ちする。


 キャシーは笑う。無邪気で、残酷で。

「舞台はもっと派手じゃなきゃ! 溶岩の上で踊り狂って灰になるんだぁ!」


 溶岩の流れが鞭のようにしなり、カイムとモルドを薙ぎ払う。障壁で逸らしたものの、衝撃で二人は大きく弾き飛ばされた。


「二人とも!」クリスが駆け寄り、手をかざす。

 淡い光が包み込み、焼け焦げた皮膚の痛みを和らげる。

「……助かる」カイムが息を吐く。


 だがキャシーの攻撃は止まらない。溶岩が噴水跡に集まり、巨大な塊を形成し始める。


「ティナ!」ルーカスが叫ぶ。

「分かってる!」

 彼女は弓を引き、流れの結節を射抜く。矢が突き刺さり、溶岩が分裂する。

 だがキャシーはその隙を逃さず、再び紫炎を雨のように降らせた。


「ぐっ!」ルーカスが直撃を受け、地面に膝をつく。

「ルーカス!」クリスが駆け寄り、光を送り込む。

「……悪いな。ちょっとやりすぎた」彼は息を荒げながら笑みを見せた。


 ティナは予見を広げ、声を飛ばす。

「右! 次は下から来るわ! 小障壁を斜めに!」

 クリスが即座に応じ、炎と溶岩を逸らす。


 カイムが剣を握り直し、モルドと目を合わせる。

「やるしかねぇな」

「ああ。俺たちの剣は、まだ折れていない」


 二人が再び前に出る。炎と溶岩の合間を縫い、障壁と矢の援護に守られながら。

 だがキャシーの笑みは消えない。


「もっとだよ、もっと燃えて! まだ灰になるには早いでしょ!」


 紫炎が渦を巻き、舞台はさらなる狂気に包まれていく。

 戦いは、まだ終わらない。

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