第一章 四話 契約の代償

神官を倒し、広場に一瞬の静寂が訪れた。

 カイムは剣を下ろし、荒く息を吐く。クリスも障壁を解き、額に浮かぶ汗を拭った。


「……なんとか、片付いたか」

「ええ……でも、嫌な感じがする……」


 クリスの言葉が終わるより早く、空気が変わった。

 重苦しい神性が広場を包み、光が収束していく。


 黄金の髪、四枚の翼、慈愛に満ちた微笑み――。

 圧倒的な存在感が人々を膝に崩れ落とさせた。


「――ラファエル……!」

 クリスの声が震える。


 大天使ラファエル。癒しを司るとされるその姿は、皮肉にも絶望の象徴だった。


「人は神の掌から逃れられぬ。たとえ刃を振るおうと、すべては癒しに還るのだ」


 その声と共に、広場に散っていた光の粒が逆流する。

 ――倒したはずの兵隊が蘇る。

 ――斬り裂いたはずの神官が再び立ち上がる。


「なっ……!」

 カイムが濡羽色の剣を握り直し、絶望に目を見開く。


 兵隊は槍を構え、神官は冷徹な瞳で彼らを睨む。

 倒しても倒しても、数秒と経たず蘇る。


「これじゃ……意味がない……!」

 クリスは必死に障壁を張りながら叫んだ。


 カイムは再び斬り伏せる。

 だが光の粒が舞い、すぐに再生する。

 終わりのない戦いが続く。


 ◇ ◇ ◇


 後方で、その光景を見つめる少年がいた。

 ルーカス。杖に体を預け、震える足で必死に立っている。


(……まただ。僕は……何もできない……)


 胸を締めつける無力感。

 仲間が命を懸けて戦っているのに、自分はただ眺めるだけ。


(このまま……見ているだけでいいのか……?)


 その時――耳元に囁く声が響いた。


『力が欲しいのか?』


 ルーカスは息を呑んだ。

「……誰だ……?」


『答えよ。知を求める者よ。力が欲しいのか? 天使どもを退ける力を』


 胸に眠っていた願いがあふれ出す。

「……力……。僕に……」


 脳裏に浮かぶ。

 仲間と肩を並べて戦いたい。

 吹き飛ばしたい。押さえつけたい。

「……そうだ、魔法を! 僕に魔法を!」


『ならば――代償を払え』


 ルーカスは迷わず、自らの足を見下ろした。

 杖がなければ歩けない、重く不自由な足。


「……僕の足をやる。どうせ満足に動かない。なら構わない……!」


『本当にいいのか? 二度と大地を踏めなくなるぞ』


 ルーカスは歯を食いしばり、声を張った。

「構わない! 仲間を守れるなら!」


 次の瞬間、黒い魔法陣が足元に浮かび上がる。

 眩い光と共に足の感覚が消え、身体がふわりと浮いた。


 杖が石畳に転がる。もう必要なかった。


「……これが……僕の力……」


 彼の瞳が赤黒い光を帯び、空気が震える。

 目に見えぬ圧力が広がり、周囲の石畳がひび割れた。


 ルーカスは両手を広げ、初めて実感する。

 ――戦える。

 ――仲間と並べる。


 だがまだ、彼は戦場に踏み込まない。

 カイムとクリスが攻めあぐねるその背を見つめながら、握りしめた拳を震わせる。


(待っていろ……僕もすぐに……!)


 こうして、ルーカスは代償を払って力を得た。

 その瞬間、彼の運命もまた大きく変わっていった。

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