第42話 オタク、打ち明け合う
「すみません、ハルパー渓谷では命を助けてもらった、恩人ですのに……あ、あんな汚らしい場所を、あんなにも無体にさせてしまって」
真っ赤になって恥じらうリルカさん。
良いんだけど、宿の食堂でする話題じゃないと思う。
確かに命の恩人に非常識な行為をする、というのは世間じゃ糾弾ものだけど。
でも、興奮して夢中になってましたよね、あなた?
「ま、まぁ、気にしないでください、リルカさん。大なり小なり、誰でも人に言えないことはあるんで。それを悪用しようとは思わないです」
「ありがとうございます。夢のような時間でした……日頃の辛さや重さが、一気に晴れたような。まるで、目覚めたような気分です」
屈託のない笑顔で喜ぶリルカさん。
別の何かに目覚めてなければ良いけど。
「まぁ、今日は食堂も賑やかなんで聞かれてないと思うので、良いんですけど……背徳的だから楽しい、とかじゃなくて。自分が好きだから、自分自身の考えがこうだから、で『他人に迷惑をかけない』範囲でなら、ぼくは責めませんよ」
「まるで聖職者の説法のようなことをおっしゃいますのね……それは、どんな経験から生まれる言葉ですの?」
クピクピと飲みながら尋ねるリルカさん。
お酒の入った『紅月』の三人に、一応話して良いのか、確認をしてみる。
「オタクくんが良いと思うなら良いよ」
「オタクくんの事情だしー。あーしらが言うな、とは言えないじゃん?」
そりゃそうだ。
久しぶりのワイバーンカツをつまみにエールを飲みながら、三人は悪いことにはならないだろう、と言ってくれた。
「……ぼくは、生まれたときから、『違う世界での人生』での記憶と意識を持っています。これも、楽園信仰の教会に聞かれたら、とんでもないことなんですけど」
「よくわかりませんが……人は、生まれる前は『無』で、死んだ後は楽園に召されるんではありませんの?」
そうなんだよね。
いわゆるヴァルハラ信仰や天国信仰なんかもそうだけど。
この世界では、人間の死後は楽園で永遠に幸せに暮らす、という考え方だ。
元々『輪廻転生』は仏教思想で、人が生まれ変わる、という概念は珍しいんだ。
なので、その考え方を教えると、リルカさんはきょとんと呆けていた。
「……つまり、先生は、違う世界で一度死んだ後、この世界に先生として『生まれ直した』ということなんですの?」
「そういうことです。違う世界の人間だから、かもしれませんけどね。……この世界の人は、死んだら本当に楽園で安住するのかも知れないし」
そう言い添えると、リルカさんはホッとしていた。
「ああ、この世界の死後の安寧が、否定されたわけじゃありませんのね。……でも、それって、一度聞いただけでは楽園否定の罪で教会に裁かれますわよ?」
「そうなんです。だから、この話って、この世界だと結構危ない話なんですよね。クルスさんたちやリルカさんみたいに、相手の重要な秘密を聞いたから代わりに話したんです」
さすがにリルカさんは、楽園否定の罪状を学んでたか。
神学関係になると、死後の楽園を否定すると教義の否定になるから、教会としては異端審問待ったなし、の罪状なんだよね。
なので、よっぽどのことがない限り、『転生』の話は、他人に言えないのだ。
その「よっぽどのこと」が最近、続いただけで。
「でも、生まれの話は仕方ないので。……リルカさんも、秘密にしてくださると助かります」
「かしこまりましたわ。その代わり、わたくしの秘密も隠してくださいませね。……ふふっ、わたくしたち、お互いに秘密を持つ『共犯者』みたいですわね」
人聞きが悪いなぁ。
でも、とりあえずリルカさんはぼくらに気兼ねなく接することができるようになったみたいだ。
ぼくらの方も、リルカさんに遠慮なく接することができる。
「リルカちゃんも、真面目な話ばっかしてないで、ワイバーンカツ食べなー!?」
「おいしーよぉ? ウチらが狩った素材だから、普段は店じゃ出してない特別製なんだよね!」
エイジャさんとリーシャさんが、エールを片手にワイバーンカツを頬張っている。
久しぶりの溶ける肉だ。
ぼくらも早く食べないと。
店で出すと他の客にも急かされるから、って。あんまり作ってもらえないんだよなぁ。
ぼくが自分で料理できるせいもあるけど、食べたきゃ自分で作れって言われる。
「早く食べましょう、リルカさん。なくなっちゃいます!」
「はい、先生! ――なにこれ、美味しい!」
ワイバーンカツの虜になるリルカさん。
実はワイバーン肉は領主邸で食べたことあるらしいけど、それをカツにしたものはさすがに初めてだそうだ。
リルカさんも夢中でナイフとフォークを動かしていく。
ぼくも久しぶりにワイバーン肉を食べるけど、これやっぱり固形のジュースだよね。
肉汁があふれて爆発するので、とろけた美味さを、そのまま飲み込んでいるように感じる。
それくらい滑らかなのどごしの肉だ。
もし生食が可能なら肉刺しやユッケにもしてみたいんだけど。
浄化魔法でなんとかいけないか。肉の中の細菌は無理か?
「オタクくん、その顔はまたなにか、美味しいものを考えてる?」
クルスさんが嗅ぎつけてきた。
期待した顔を輝かせて、ぼくをわくわくと見つめている。
これは、料理をしなきゃならないか。
まぁ、良いか。今はあんまりちょうど良いクエストもなさそうだし。
「……明日は休みにして、料理とかお菓子とか作ります?」
ぼくの提案に、エイジャさんとリーシャさんも食いついてきた。
「マジ!? 良いねー、明日は休みにしよっか!」
「明日は厨房借りれるか、女将さんに聞いてくるし!」
行動が早い。
行動力の化身になった二人は厨房に突撃し、女将さんから了解を得ていた。
「良いよって! 女将さんが、自分も立ち会わせろってよ!?」
「こりゃ作るっきゃないねぇ、オタクくん!?」
予定が確定してしまった。
食欲に正直すぎる二人からは逃げられない。後ろにクルスさんも控えている。
「料理……? 先生は、料理の心得もありますの? 料理人の経験か何かが?」
リルカさんが不思議そうに見つめてくる。
料理人でもないのに男性が料理をするなんて、この世界じゃ珍しいからね。
「リルカちゃん。オタクくんの料理は美味しいよ。この『カツ』もオタクくんが教えてくれたものなんだ」
「まぁ、そうなんですのね! こんな料理、実家でも見たことありませんでした!」
リルカさんが尊敬の目で見つめてくる。
そう言われても、自炊料理くらいしかできないですよ?
「まぁ、多少はできます。前の人生では、自分で食事を作って食べてたので」
「楽しみにしてますわ!」
嬉しそうにはしゃぐリルカさんに、クルスさんがにっこりと微笑む。
「リルカちゃん、ボクらの部屋に泊まってく? オタクくんを攻めるきみは、なかなか見所があると思うんだ」
他の女性にぼくを襲わせないでください。
クルスさん、明らかに他人に襲われているぼくを見て興奮する趣味ができたと思う。
そのままリルカさんは宿代を払って、本当に泊まることになった。
後ろなのに子どもができちゃいます! と騒ぎながら、散々にぼくを罵っていた。
また、酷い目に遭いました。
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