第32話 オタク、遺跡に行く



 全員が充分な休眠を摂って、地下都市を探索することになった。

 夜は変なことこそされなかったけど、クルスさんがピッタリ横にくっついて入り口の見張りを一緒にさせられた。


 それはさておき、都市の探索だ。

 ゴーストやレイスみたいな、幽霊系の魔獣は出ない。


 そのことから、学者さんたちは、外の魔獣はこの都市を守る防衛機構なのではないか、と話していた。

 魔獣の発生を組み込んだ防衛機構、つまり人造魔獣だ。


「もしかすると、人間の都市じゃないかも知れない。古代エルフか、古代ドワーフや魔族か……」


 この世界にもエルフやドワーフはいる。

 けれど、古代のそれらは『ハイエルフ』や『ドヴェルク』と言って、現代よりもっと精霊に近しい存在だったようだ。


 現在ではハイエルフもドヴェルクも見た者はいなくて、エルフやドワーフの国があるだけだ。


「魔族ってなんですか?」


「魔族は古代の精神生命体だと考えられているよ。肉体のある者に取り憑いて永劫を生きる。過去、魔族は上位種として、自分の身体になる人間を奴隷たちから選んだそうだ」


 そんなことを学者さんに教えてもらった。

 なるほど、始めて聞いた。


「貴重な過去の文献によれば、上位種である魔族の身体に選ばれるのは、奴隷たちの中でとても栄誉なことだったらしいね。もっとも、憑依された人間が意識を持っていたかはわからないけど……」


 ぞっとしない話だ。

 魔族は肉体的には不死の精神生命体らしいのだけど、その存在を見た人は誰もいない。


「いわく、だね……」


 なんせ精神生命体だ。

 精神的苦痛がそのまま生命に関わる苦痛になるらしい。

 つまり、とてもストレスに弱い種族のようだ。


 何だか急に怖くなくなった。

 そんなひ弱な生態系では、この世知辛い世の中を生きていけないだろう。


「そういうわけで、魔族は外的要因をなるべく排除して、快適な貴族生活を送っていたのではないか、と考えられているよ」


「こんな閉鎖空間だと、ストレスでバタバタ死んでいきませんか?」


 そうかもね、と学者さんは笑った。

 ぼくらは同じ中衛なので、敵が襲ってこないと、こうして話す時間がある。


 歴史や古代文化について、学者さんに色々教えてもらった。

 学者さんも自分の専門分野に興味を持たれたのが嬉しいようで、色々教えてくれる。


「地下都市だから、たぶんドヴェルク、古代ドワーフの都市かも知れないね。金属が腐食していなければ、珍しい遺物なんかが残っているかも知れない」


 たぶん、魔族か古代ドワーフのどっちかだろう、という仮説が立った。

 どっちにしても、貴重な世界遺産だ。

 古代のものの可能性が高いから、前史文明の記録が見つかるかも知れない重要な施設らしい。


「今まで、ここは見つかってなかったんですか?」


「おいおい。お前は今まで倒した敵の数を覚えているか? あんだけわらわら湧いてきてんだ、ここまで踏破できた冒険者は誰もいねぇよ」


 『翡翠の刃』のリーダーが教えてくれた。

 そりゃ、素材も採れない大量の魔物の巣だからか。

 誰も積極的に調べようとしてこなかったんだろうね。


 見返りもないのに二千を超える魔獣を相手にしようとする人はいないだろう。

 前のパーティでも、ここは美味しくない狩り場だから行きたくない、ってみんなイヤがってたしな。


「ここが都市だとすると、どこかに行政施設があります。羊皮紙は残ってないでしょうが、植物紙や石版だったら、まだ残っている可能性があります」


 なるほど。

 行政施設か資料保管庫を探すんだな。

 資料保管って言っても、それもだいたい行政施設にあるだろうしね。


「大きな建物を探せば良いんじゃないですか?」


「そうだね。城か領主邸か……とりあえず、あの一番大きな建物に向かってみよう」


 そうしててくてくと、都市の奥の建物を目指す。

 途中もずっと警戒していたけど、一匹も魔獣がいなかったので、魔獣の群れが防衛機構だという話が真実味を帯びてきた。


「とりあえず建物には着きましたけど……ここ、『門番』とかいる可能性、ありますよね?」


「そうだね。だから、護衛のみんなに先行してもらおうかな」


 エイジャさんとリーシャさんが敷地の中に踏み入る。

 その瞬間、周囲から猛禽型とウルフ型の魔獣が、どこからともなく襲いかかってきた。


「とりゃあ!」


「せいっ!」


 一瞬だった。

 ただ、斬り裂いた魔獣が、ボロっと崩れて土の塊になった。

 どうやら、生物じゃなかったみたいだ。


「これ、魔法で作られたっぽいですね。上の階層と同じ、人造魔獣かな」


「うーん! まさか、魔法で魔獣を出現させられるとは! 実に興味深い!」


 学者さんの好奇心を刺激したようだ。

 魔法で生物を模した動きをする……あ、ゴーレム魔法か、これ!


 とすると、だ。


「なんかすごいデカいゴーレムが出てきたんだけど!?」


「これ、警備を本気にさせちゃった!?」


 ああ。まぁ、あるよね。

 脅しで帰らない奴を強制退去させる、警備ゴーレム機構。


 この世界でも珍しくない警備技術なんだけど、ちょっとこれはデカいなぁ。

 通常の人間の三倍くらいの大きさはある。巨人型だ。


「いけますか、みなさん!?」


「まぁ、このくらいなら、強化があれば!」


 何の妨害にもならなかった。

 広範囲攻撃のエイジャさんとクルスさんが、強化された攻撃であっさり輪切りにした。

 攻撃力高すぎるよ、このパーティ。


「あのデカいゴーレムを、輪切りだと……!?」


「ふむ。ここまで強烈な強化魔法は、初めて見た。後衛の『彼女』は優秀なようだね」


 男です。

 とは言えないので、黙っておいた。

 事情を知ってる『翡翠の刃』も苦笑いしている。


「ともかく! 警備がいるってことは、ここに古代の資料がありそうよね。今は逸失した錬金術のレシピがありそうで、胸が高鳴るわ!」


 学者さんたちと一緒に、ノアールさんも錬金術師の血を騒がせていた。

 資料、残ってると良いですね。


 せめてゴーレムの素材くらいは持って帰れないかと思ったけど、残念ながら鉄くずだった。

 鍛冶、というか冶金技術はかなり高いみたいだ。

 古代の錬金魔法かな。


「あ、この建物で当たりみたいですね」


「……ふむ? きみは、どうしてそう思う?」


 まぁ、推測だけど。

 内装は、部屋がいくつも見えた。

 講堂みたいな吹き抜けじゃない。


 推定だけど、古代でそんな複雑な建物は限られている。

 ということは、ここは部屋数が必要になるくらい多目的な業務のあった施設、ということだ。


 つまり、行政施設。あるいは領主邸。

 どちらにしても、資料が保管されていた施設である公算は高い。


「片っ端から探すわよ!」



 ノアールさんたち学者組の人たちは、勢いよく部屋に飛び込んでいった。

 たぶんなさそうだけど、もし罠があったらどうするんです?


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