第14話 オタク、草を食べる
「ねー、オタクくん的にはさー。攻められるのってどうなん? 男はフツー、あんなにイジられまくったら、怒るもんだと思うんだけどさー」
翌朝、素っ裸のエイジャさんが、ベッドに寝転がりながら尋ねてきた。
褐色の胸がベッドに押しつけられて潰れている。
今日は武器の整備に鍛冶屋に行くので、朝から早起きして仕事を探しに行かなくて良いのだ。
「えっ? うーん、難しいですね。ぼくの前世だと『ご褒美』って言葉もあるんですけど」
「えぇー? でもさ、男ってフツーは乱暴じゃん? こっちが痛いのなんて気にもしないし、変に気が強いトコ見せたら、殴りかかってくる奴もいるしさ」
どんな男と出会ってきたんですか、エイジャさん。
いやまぁ、確かに。この世界の男性、特に冒険者は、気性が荒っぽい人が多いけど。
「ダメでしょ。相手が痛かったら気持ちよくなってもらえないし、暴力を振るうなんて最悪じゃないですか。……ぼくは、女性と仲良く幸せになるのが好みです」
「ふーん、そっかー。それも『オタクくん』だからなのかねー。やっぱ、元々のこの世界のヤローどもと、だいぶ違うよね。……なんてんだろ、肉食獣と草食動物くらい?」
そのものズバリ、『草食系男子』という言葉があります、エイジャさん。
この世界の男性冒険者は、肉食系を通り越して暴行犯だよな。
特に娼館とか行く連中。娼婦の平均寿命が短いんだよ、この世界。
「良いんです、ぼくは『草食系』で。魔獣じゃないウサギみたいに、その辺で草食べてますから。獲物を追い求めてイヤがられるのは、性に合わないんです」
「なになに? ――ダメだよー、オタクくーん。もっと積極的にならなきゃ。彼女できないよ? あ、ウチらが彼女にしたげよっか?」
リーシャさんも起き出して、話に混ざってきた。
こっちも全裸だ。
ぼくに吸わせた右胸の先端が、まだ微かに赤く跡が残っている。
「ぼくは男です」
「オタクくんは美少女だよ」
真顔で即答しないでください、リーシャさん。
あまりの迫力に、ぼくは返す言葉を失った。
魔獣を狩るときより真顔なんだもんなぁ。
「確かに、オタクくんは優しかったもんなぁ。ボクは初めてだったけど、あんなに優しく気持ちよくされるんなら、男性相手も良いもんだなぁって思ったよ」
クルスさんまで起き出してしまった。
クルスさんはやはり両方いける方向に目覚めていると思う。
「オタクくんは美少女だってば! クルスだって、昨夜は乙女だったじゃーん。色っぽい顔で『オタクくん……』だなんて夢見る顔しちゃってさ!」
「ば、バカ! リーシャ、からかわないでよ!」
ニヤニヤ顔のリーシャさんに、クルスさんが顔を真っ赤にしながら慌てる。
朝からもう大騒ぎだ。
そんな中で、エイジャさんは寝っ転がりながら何かを考えるような顔をしていた。
「ふーん……なかなかやるじゃん、オタクくん。そっか、そんな男もいるんだ」
エイジャさんは、昔、変な男にでもイヤな目に遭わされたのだろうか。
男に恨みがあるって少し言ってたし、何かイヤな思い出でもあるんだと思う。
相手が言い出すまでは聞かないけど、さ。
「実際、オタクくんってさー。身体は細いし、顔は女顔だし。言葉遣いも敬語じゃん? どっちかって言うと、女を襲うより、男に襲われる方っぽいよね」
なんてこと言うんですかエイジャさん。
後ろは死守して生きてきました。
確かに、元のパーティメンバーとかにはこの見た目の細さでバカにされてたけど。
女の子のレールスからも、下に見られてたフシもあるし。
筋肉があれば、こんなことにならなかったんだろうか。
やはり筋肉か。筋肉はすべてを解決するのか。
「そ、そんな顔しないでよぉ、オタクくーん! あーしは結構好きだよ? 男は嫌いだけどさ、オタクくんは何か女の子っぽいし、気も合いそうだし。あんだけ激しくしてイヤがらないとこも、えっちぃじゃん? そういうコ、好きだよ?」
「そーそー! オタクくんほどの美少女、なかなかいないよ!?」
エイジャさんの『そういうコ』は、そういう娘、と書くと思う。
男の娘ですね。わかります。
リーシャさんもそういう目で見てるし、良いよ、もう。
なまじそういう概念を知ってるだけに、納得してしまう。
これもオタクの悲しいサガだ。
「……どする? なんかそんな話してたら何か濡れてきちゃったんだけど。武器屋行く前に、もっかいしちゃう?」
「ナイスぅ! それアリだね!」
なしです。
クルスさんも残念そうにしないで。
「はいはい。昨夜の調子でやったら、今度は日が暮れちゃうでしょ。もう日が高いんだから、用事を済ませますよ」
「ちぇー」
エイジャさんとリーシャさんの声が重なった。
大事なものはアイテムボックスにしまって、どうでも良い荷物なんかは宿に置いておく。
他の宿だと盗まれたりすることもあるけど、この宿は客層的にそう言うことは少ないようだ。
服を着込んで、街へと繰り出す。目指すは武器屋か鍛冶屋かな。
どちらかで、刃物の研ぎを行ってもらえる場合が多い。
「あーしらがいつも使ってる武器屋があっからさー。そこで良いよね、オタクくん?」
「はい、お任せします。前のパーティが使ってたところは、あまり売り物の品質が良くなかったので」
別のところに変えよう、って何度も言ったんだけど。
見栄えだけは良かったから、レールスが気に入って変えられなかったんだよね。
レールスは剣の腕で武器の質とか苦にもしてなかったけど。
「オタクくん、普段着だとめっちゃ胸見てくるじゃん」
「うける。また挟んだげよっか?」
視線を二人に気づかれて、慌てて顔を背ける。
だって二人とも、ラフなノーブラの上に露出の多い普段着だから、防具を着けてないと下乳とか浮いた先端とか見えたまんま、歩くたびにゆっさゆっさ揺れるんだもの。
二人が好き者扱いされてた、って少し聞いたけど、そりゃこんなエロい体つきしてたら、荒っぽい男に狙われるよ。
二人としては女性が好きなんだろうけど。
道行く男性の視線を奪いながら歩く二人に、それをかばうようにクルスさんが肩を寄せる。
このパーティがクルスさんのハーレムに見えたのは、あえてそうしてたんだな。
二人の、男よけの意味があったんだ。
一歩後ろをついていくぼくにも視線が集まるけど、ぼくが男だと気づいてる様子はない。
ただ、クルスさんがうらやましそうな視線を向けられるだけだ。
そして、目当ての武器屋に着いた。
ぼくの知らない武器屋だった。こんなところに武器屋があったのか。
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