鬼ノニエ

光闇 游

〇、祈り


「泣かないでください」

 彼女は言う。

 赤く染まった彼女の手が、頬に触れる。

 耳がおかしくなってしまったのか、自身の鼓動と呼吸音がやけに煩く、周囲の音がよく聞き取れない。だというのに、彼女の声だけは耳に響く。

「でないと、わたくしまで、泣いてしまいます」

 頬に触れている彼女の手から、徐々に温もりが消えていく。こうしている間にも、彼女の体温は赤く、赤く、流れてしまつて、止められない。

「――■■■様」

 嗚呼、駄目だ。

 今の状態の自分では、彼女が逝くのを止めることができない。


「あなたの、呪いが、いつの日か」


「わたくしではない、誰かが、癒やしてくれるのを」


「彼方より、お祈りいたします」



 ――アマテ歴一八〇〇年、イズル国。

 根の谷底に沈んだはずのカタス国より突如として襲来した『禍神マガカミの王』との戦いは、実に五年間にも及んだ。

 異形の怪物を率いて進軍する禍神の王に対し、イズル国の軍を指揮したのは国を守護する『護国』の役割を担っている須佐すさ一族の末裔だった。

 数多の命が犠牲になったこの大戦は、長い拮抗状態の末、九代目護国が禍神の王を討ち取り、同時に一人の『ニエ』が身を挺して九代目護国を守り亡くなったことにより、ようやく終結した。


 大戦により疲弊しきったイズル国は新たに政府を打ち立て、国の復興と再建を進め、文明を開花させていく。

 その裏で、国を守った英雄である九代目護国は表舞台から去り、東の地、カタス国により近い極東にて、根の谷底からの脅威が再び襲来しないよう守衛の任にひっそりと就いた。


 そうして、禍神の王との大戦が終結してから、三年の月日が流れた。

 アマテ歴一八○八年のことである。

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