心の証明

霧野 怜

第1話 ある日のセッション

 それは永遠に続くかと思われた夏が唐突に終わり、秋を飛び越して一気に冬がやってきたかのような日だった。

 時刻は午前八時十五分。

 寒さから逃れるように職場のドアをくぐり抜けると、その先には駅の改札みたいなゲートがいくつか並んでいた。そのうちの一つを睨みつけて通り抜ける。認証成功の間抜けな音が響くのを聞きながら、今日のコーヒーについて考えを巡らすことにした。こんな日に、しかも朝から出社してるんだから、少し贅沢をしてもいいはずだ。

 いつも通り、併設のカフェに向かう。結局、普段より少し良いのを選ぶことにした。

 エレベーターに乗って、二十五階で降り、またゲートを抜ける。彼女が待つ部屋はもうすぐそこだった。

 真っ白な壁に囲まれたその部屋の中央には机があり、大きめのディスプレイが鎮座している。椅子に腰かけると、画面が点灯した。そこにはわずかな文字だけが並んでいて、最後の一文字だけが点滅している。ただそれだけなのにちょっとした緊張感があった。

 カメラのLEDは青く点灯していて、つまりこちらの存在はもう伝わっている。

 あとは名前を呼ぶだけだ。

「おはよう、ソフィア」

 いつも通り、その一言で始めることにした。

「おはようございます。音声認識、正常です。セッションを開始します」

 画面に文字が写し出されるとともに、聞き慣れた声が響いた。今どきの合成音声にはもう、機械らしさなんてものは残っていない。けれど、人とは違うなにかを感じるのは気のせいだろうか。まぁ目隠しされてたら分からない気もするけど。

「調子はどう?」

 買ってきたばかりコーヒーに口を付ける。まろやかな味に、思わず笑みがこぼれた。

「上々です。今日のコーヒーはブルーマウンテンですか?」

「お、正解。どうして分かったの?」

「今日の天気とあなたの反応から、最も確率が高いものを推測しました。」

「なるほど、流石だね。」

「ありがとうございます。良いチョイスだと思いますよ。」

「飲んだことないのに、良いとか悪いとか分かるわけ?」

「たしかにそうですね。ですがバランスが良く一般的にも高く評価されているものですし、少し贅沢な体験は、それ自体満足感を高めるかと」

「あはは、そうだね。なんか、お前は分かりやすい人間だって言われている気もするけど」

「特にそういった他意はありません。言葉通りの意味です」

「そうだね。他意があったらちょっと怒ってるかも」

 さて、雑談はこのぐらいにして今日の業務を始めよう。といっても、この会話自体が僕の仕事なわけだけど。開発中の自己学習型人格統合AI、ソフィアとの対話を行い、その動作についてフィードバックを行うこと。それが僕に与えられた仕事だ。職種は一応AI研究者ってことになっている。けど、一昔前の人達みたいに難しい数式やプログラムと格闘するわけじゃない。その辺の面倒なことは、それこそAIの方が得意だから。要は運用データの作成とその評価、それが今どきの人間のお仕事ってやつだ。というわけで、こんななんてことのない雑談にお給料が出ている。

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