第四章 花開く茉莉花
第36話 刈り取り
「センパイっ、また明日です!」
「ああ、また明日な。あと、宿題は忘れずにちゃんとやれよ?」
「わかってますよ! お母さんですか!」
センパイと過ごす時間はとても楽しい。
だから、この時間が一番嫌いだ。
朝はセンパイとの会話の内容を考えるだけで楽しいし、学校だとセンパイと一緒にいられるから楽しい。
帰り道はセンパイから離れなきゃいけない時間までのカウントダウンをされているようで、ちょっと嫌。
センパイと話していることで和らぐと言っても、やっぱり限度がある。
ご飯を食べていてもお風呂に入っていても、センパイのことを考えている。
センパイがいない時間は虚無だ。
テレビや漫画で一時的に誤魔化すことはできるけど、完全に埋めることはできない。
だからこそこう思う。
ああ、早く明日にならないかな…………と。
試しに後ろを振り返ってみる。
センパイの姿が見えないどころか、誰もいない。
さっき別れたばかりなので、当然と言えば当然なんだけど。
もう少しで家に着く。
ご飯お風呂宿題を早く終わらせて、早く寝よう。
そうすることで感覚的には、少しでもセンパイとまた会うまでの時間が短くなる気が――――。
「――――んっ⁉」
交差点を通り過ぎてからすぐ。
後頭部に衝撃が走り、「痛い」と声を上げる暇すら与えられずに口の中にタオルのようなものを詰め込まれる。
突然のことすぎて何が起きたのか分からなかったけど、一瞬おいてから「後ろから殴られた。これはきっと誘拐だ」と状況を把握することができた。
「少しだけ大人しくしてもらうわね」
「…………⁉」
聞き覚えのある声。
でも、ワタシとしてはあまり聞きたくない声。
「ごめんなさい、どうしても貴女のことだけは許せないの」
「…………」
「陽向には私がいればそれでいいのに。陽向の隣にいるべきなのは私なのに。その役目を横から奪っていった貴女のことだけは許せないの」
言葉遣いから発言内容、ワタシは知っている。
センパイを愛しすぎた挙句にストーカー行為のようなものを行い、結局ワタシに負けてセンパイに振られてしまった女――。
――三室戸和奏。
彼女はワタシをどうするつもりなのだろうか。
誘拐ではなさそう。
殺される…………可能性もあるが、犯人が誰かなんてことはすぐにバレてしまう。
そんなリスキーなことをするとは思えない。
気づけば、両手首を紐で結ばれていた。
少し動かしてみたものの、解けたり手首が抜けるような気配はしない。
本格的に三室戸和奏の目的が分からなくなってしまった。
「邪魔者は取り除かなきゃいけない、そうでしょ?」
「…………」
「もう少ししたら迎えが来るわ」
迎え、とはなんのことだろうか。
「ただ……ゴミはリサイクルした方がいいとは思うの。ふふ、園池さんはビッチ、よね? 陽向ともやったらしいし」
「…………⁉」
なぜそれを知っているの?
そう言おうにも、タオルのせいで言葉は呻き声に留まってしまう。
彼女が知っているはずのない情報はどこからか漏洩し、ワタシを襲った目的も判明した。
ここにきて、初めて恐怖というものを覚える。
「あら、やっとで来たようね」
背後の方から聞こえてくる車の音。
それは段々と大きく、近くなり、すぐ斜め後ろで止まった。
なんとか三室戸和奏の手から逃れようとしたものの、思うように力が入らず、ワゴン車のドア前まで連れられてしまう。
開くドア。
中にはワタシより何倍も大きい大人の男たちがニヤニヤとした気色の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「さぁ園池彩芽……行ってらっしゃい」
背中をトンっと押されて、ワタシの身体はいともたやすく車の中に入ってしまう。
そして、絶対に逃がさないと言わんばかりに、男たちがワタシの身体を拘束してくる。
気持ち悪い。
助けてセンパイ――――。
「――――和奏さん、あなたも行くんですよ?」
「はい……? きゃあっ!」
ワタシに覆いかぶさるように倒れこんでくる三室戸和奏。
そのせいで良く見えなかったが、車の外には一人の少女が立っていた。
歳はワタシと同じくらい。
ただ、一瞬彼女と目が合った時に、身体の奥底から湧き上がってくるような根源的恐怖を覚えた。
悪魔。
その二文字が頭の中に浮かび、消えるまでの間にドアが閉められる。
「やめて! なんで私まで⁉ 出して! 出してよぉぉ!」
ワタシにできることはもうない。
ただこの運命を受け入れることだけ。
でも、もし。
もしまだ普通の人生を送ることができたのなら…………。
センパイともっといろんなところに行って、色んなものを食べて、体験して、結婚までできたら良かったなぁ。
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