第27話 スタート地点

「ワタシを助けてくれたのはセンパイなのに」



 助けた? 俺が彩芽を?


 やはり俺の記憶の中にはそれらしきものが一切ない。


 それでも彩芽は確信をもって俺と向き合っているようだった。



「去年の秋です」


「去年の秋……あっ」


 

 いや、一つだけ心当たりがある。


 確かまだ暑さが残っていた頃だった。



「思い出しましたか?」


「ああ。俺は去年の九月終わりに彩芽と会っていたんだな」


「はい! ようやく、改めてお礼を言うことができます……ありがとうございました、センパイっ」



 少し前まで小悪魔のようだと感じていた彩芽の顔は、怪しさを消し、後輩らしい明るさを残したものへと形を変えていた。


 

「ねぇ、陽向。一体どういうことなのか教えてくれないかしら」


「そうか、あの時和奏はいなかったもんな」



 状況が呑み込めていない和奏に、俺は説明をすることにした。



――――



 高校に入学して最初の夏休みが終わって、もう一カ月が経とうとしていた頃。


 男数人で駄弁ってから家路についた俺は、家近くの公園で足を止めた。


 夏を過ぎた日本は陽が沈むのも早くなっており、オレンジ色の空も深い紺色に染められ始めている中、一人の少女が俺の意識を独占したのだ。



 その時の彩芽は今のような華やかさを持ち合わせておらず、ブランコに座りながらただ静かに足を泳がせていた。



「こんな時間に一人でいると危ないぞ」


「危ない……ですか」


「ああ。昼間は暑くても夜は冷えるし、蚊に刺されるかもしれない。怪しい大人に襲われる可能性もないことはない」



 気づけばふと声をかけていた。


 そのまま素通りすることもできたのに、そうしなかった。


 今思い出せば、俺が一番の不審者だったのかもしれない。



「大丈夫です、気にしないでください」


「そう言われても、このあと君が犯罪に巻き込まれて嫌な思いをするのは俺だし」


「じゃあ、どうすれば帰ってくれますか?」


「君さ、何か悩み事でもあるんじゃないのか?」



 その時、彩芽の身体がピクリと動いた気がした。


 いつの間にかブラブラさせていた足も止まっている。



「…………なんでそう思ったんですか?」


「だって君の顔に書いてあるんだもん」


「適当なことを言わないでくださ――――」


「適当なんかじゃないよ。だって、君の目には光がないから」



 夜だから、公園にある街灯の光が弱いから、ということではない。


 この時の彩芽の目には希望というものが存在していなかった。


 どこか投げやりと言うか、「どうにでもなれ」という考えがありありと読み取れた。



「だからさ、俺に話してみてよ。詳しくじゃなくてもいい。ただ、誰かに少しでも打ち明けることで楽になれることもあるだろうから」



 この言葉に他の意味は一切含まれていない、俺の本心百パーセントだった。


 下を向きかけているこの子の目が少しでも前を見れるようになればいいな、とそれだけ。


 それに対して、彩芽は目をパチクリとさせた挙句、その小さな口を緩ませた。



「ふふっ、なんかナンパみたいですね」


「な、ナンパって……全然そんなつもりじゃないから!」


「それはそれで傷つきますね…………あのワタシ、よく『気味が悪い』って言われるんです」


「気味が悪い……?」

 


 唐突に始まった独白に頭が追い付かない。


 気味が悪いって、どういうことだろうか。



「『何を考えているのか分からない』とか『人間を弄ぶ悪魔』だなんて言われることもあります」


「それは冗談じゃなくて本気で言われるの?」


「はい。みんなは笑いながら言ってくるんですけど、心の底からそう思ってるような口ぶりなんです」



 彼女をこうさせてしまっているのは、きっと誰にも理解されない孤独感からなのだろう。


 率直にそう思った。



「ワタシってそんなに気持ち悪いですか……?」



 ここで俺が頷けば彼女は壊れてしまうかもしれない。


 最悪の場合、このまま――――。


 

「あのな? 人はそれぞれなんだ。良いところもあれば悪いところもあるし、一つの特徴でも捉え方で真逆のものになる。だから、気にする必要はない」



 でも、この言葉は取り繕ったものでも何でもない。


 間違いなく俺の本心。



「君は気持ち悪くなんかないし、一人であることを怖がる必要もない。俺も親二人死んだ時、最初は孤独感でいっぱいだったよ。けれど、妹のおかげで立ち直ることができたんだ」


「そんな……二人とも…………」


「だからさ、まずは頼れる人を探すことから始めよう。きっとその人が君の人生を変えてくれるはずだよ」


「…………ありがとうございます」



 全て言い終えてから、急に恥ずかしくなって、逃げるように帰ったのを俺は覚えている。


 そして、この時から俺と彩芽の物語はスタートしていた。

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